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**動物の認知能力についてその2**

1 :にょほ1:01/11/03 02:03
動物にも人間と同じような意識はあるのでしょうか?
そもそも意識ってなんですか?
脱線ありでお願いします。

2 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 02:09
11はドキュソ

3 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 02:17
っていうか。
11の認知能力って異常。

4 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 02:20
意識?
いきなり揉めそうな。。

5 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 02:21
今age荒らししているのは動物認知スレの厨房どもだな。

6 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 02:23
1は自らがDQNであることを知覚できません

7 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 02:24
>>5
オマエモナー

8 :統計物理男:01/11/03 02:28
意識なんて生物板の厨房どもには荷が重すぎ。(w

9 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 02:33
>>8
物理屋さんにはできるん?

10 :にょほ1:01/11/03 02:34
無自覚過程のモニタリング機構なんでしょうか。
もしそうならあらゆる生物にあるんでしょうか。

11 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 02:38
ほんと、スレを立てた奴がDQNだな・・・

12 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 02:40
1よオマエは11か

13 :統計物理男:01/11/03 02:44
>>9
できるのよ

14 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 02:49
1はスレ立てた意図と方向をもっと明示なさい。
11さんとバトルしたくて立てたタイトルなら逝ってよしだと思ふ。
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1003489930/
でやってくれ。生物板としては迷惑。

15 :にょほ1:01/11/03 02:53
>>14
いえ11さんにはきてほしくないです。

系統発生的に意識というのがどのレベルで出てくるものなのか
というのに興味があります。
もっとも生物板的にはこんなテーマは遠いテーマなんでしょうか。。

16 :11:01/11/03 02:54
もう前スレで言いたいことは言ったので、ここでは書かないよ。
悪いね。

17 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 02:56
11は意識については何も語ってないだろう。っていうか語れないだろう。

18 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 03:02
そもそもなんで認知能力でいきなり意識が出てくるんだ?

19 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 03:05
意識なしで認知ができるとでも?

20 : ◆fMRIx7TI :01/11/03 03:06
関連しないこともないと思いますが、
動物の認知機能についてということなら話題が飛躍しすぎですね。

21 :にょほ1:01/11/03 03:06
>>18
認知過程ってヒトの場合意識にのぼる現象をふつういいませんか?

22 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 03:08
          ||               ||
          || 11はDQNだが     ||
          ||  その自覚は      ||
          ||  どうやらしていない  ||
          ||   ようである       ||  /我々は11を含めた
          ||          。   ΛΛ  / 欠失系統ライブラリーを作成しました。
          ||          \ (゚Д゚ )< これを用いた次の実験により
          ||________⊂ し |   認知システムの分析を行います
  ∧ ∧    ∧ ∧    ∧ ∧     |  |
  (  ∧ ∧ (   ∧ ∧ (  ∧ ∧    UU~
〜(_(  ∧ ∧ __(  ∧ ∧__(    ∧ ∧
  〜(_(  ∧ ∧_(  ∧ ∧_ (   ∧ ∧
    〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
      〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ

23 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 03:13
認知ってのはアレだろ、自分の子供かどうか認めるっていうの。
ちゃんと認知してやれよ。子供がかわいそうだぞ。

24 :にょほ1:01/11/03 03:13
板違いでしたでしょうかスマソ

25 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 03:19
敗北主義者=11

26 :統計物理男:01/11/03 03:21
>>1
だから生物学板には荷が重いって言ったろ

27 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 03:21
11さんや。出てこいという要望が多い(?)みたいですぞ。

28 :心理屋:01/11/03 09:42
おそレス,かつまとめレスで申し訳ありませんが

1.認知と意識
それぞれをどう定義するかにもよりますが,ごく乱暴に認知を「外的
環境の情報処理と,それを行動につなぐ過程」,意識を「外的環境や
内的過程の表象」と定義するなら,意識を伴わない認知は枚挙に暇が
ないほど生じていますから,認知に意識は必須ではないでしょう。
これはヒトの場合でも同様です。閾下知覚やプライミングなどが卑近な例。

2.動物の認知と意識
動物に意識があるかどうかを確認する方法があるかが問題です。
哲学では,意識というものがそもそも言語と不可分であるという
考えもあるようです(そうなると,意識と表象とを区別する必要も
あるかも)。一般論として,人間が行う行動で,それが人間の場合は
意識などの高度な認知過程を必要とする(と考えられている)ものが
あったとして,それと機能的に等価な行動を動物が行うことができた場合,
 a 動物にも人間と同様の意識がある
 b 等価な行動でも,人間では意識が媒介し,動物ではそうではない
 c もともとその行動の機能には意識は必須ではない
などの可能性があります。これをどう判断するかが問題です。
ただ,bと結論するのは多くの場合非常に難しいでしょうね。
もちろん行動主義心理学者はまずcを仮定しますね(笑)。
 

29 :虚無好き:01/11/03 10:15
「おそレス,かつまとめレスで申し訳ありません」にゃ。

>「ではいったい人間は最低限どの程度の知識を
>あたえられれば言語を習得できるのか?」
言語刺激がしばしば非文法的で不完全であること、
とりわけ negative evidence といわれる、
非文法性の認知をうながす教育的な刺激がほとんどなくても、
(語順に寛容な日本語でも、「白くわたしの塗ってもらった家」は×とかにゃ。)
ヒト幼児が一様に文法を獲得することが、
一般学習の推論では不可能である、すなわち生得的であることの根拠とされるにゃ。
適当な言語刺激をうけなかった、被虐待児やいわゆるワイルドチルドレンでは、
文法の獲得に関しては、CPH仮説を支持してるみたいにゃ。
言語刺激は、ま、量より質、それからタイミングらしいにゃ。
ほんとかどうかは、ま、これからにゃ。

>ピジン語(英語などからできたカタコト言葉)やアメスラン(アメリカ式手話)
>などの不完全な言語
クレオール(混成語)がいかなる意味で不完全なのか、ちょっとわからないにゃ。
日常会話には、全然不自由しないにゃ。ピンカーがそう言ってたにゃ?
言語を差別すると、いわゆる社会言語学者がうるさいにゃ。

>とくに言語領野に符号化された情報を
>明示的に記号化しようとする試み

符号化されたものを記号化するというのが、日本語としてちょっとよくわかりにくいのにゃ。
脳内のUGの構造を記述するということかにゃ?
もっぱら、統語現象を一般化するのがかれらの仕事にゃ。
どうやらこれが、その記述にあたるらしいにゃ。←わたしも好き勝手いってるにゃ。
チョムスキーは、言語知識を精神に安定した状態で存在するといってるにゃ。
これは言語の外在説や、行動主義を牽制したものと思われるにゃ。

言語能力の局在論は、批判スレでもやったにゃ。
近年 Elizabeth Bates の言語能力局在を否定する報告が注目されるにゃ。
ブローカ/ウェルニッケの古典的な機能論はいま、変更を迫られており、
言語感覚野に表情の分析の機能があるという報告もあるにゃ。
ウェルニッケ領は、手話をふくむ、ひろい意味での運動に連絡しているみたいにゃ。
要は文法知識がそんなに純粋にエクストラクトできるかだにゃ。
ただし生成文法は、いわゆる言語の「心的器官」の特定にはあまり関心ないにゃ。

30 :虚無好き:01/11/03 10:22
>言語刺激は、ま、量より質、それからタイミングらしいにゃ。
これは生成文法の主張ではないにゃ。
複数の文を圧縮したらこんな文になったにゃ。スマソ

31 :虚無好き:01/11/03 10:36
>「ではいったい人間は最低限どの程度の知識を
>あたえられれば言語を習得できるのか?」
けっきょく、ヒトでは人道的問題から、そのての実験はできないのでわからんのにゃ。
とりあえず、放任主義の家庭であれ、幼児教育に熱心な家庭であれ、
国語文法の獲得には有意な差はでないにゃ。
算数や漢字の書き取りについては、差がでるにゃ。そういう話にゃ。
幼年期失語も、器質的疾患とみられてるにゃ。

32 :にょほ1:01/11/03 12:04
>>28
すいません。「表象」ってなんですか?

33 :(^o^):01/11/03 14:41
>>心理屋さん
体内感覚もあるので,あたしは
認知を「外的・内的環境の情報処理と,それを行動につなぐ過程」,
意識を「外的・内的過程の表象」
と言い換えたいです.

生物学者は素直にこう考えるんじゃないかなぁ.
 d もともと行動自体には意識は必須ではないかも知れないが,ヒトの意識に
   相当する機能は複雑さや性質の違いはあれ動物にもあるかも知れない
鏡を見せたときの反応に動物によって違いがあることは,このことを示唆して
いると考えられます.また,言語だけを重視するわけではありませんが,警戒
声の発声が他の個体に明らかな行動の変化をもたらすことについてどう考える
か,ですね.

心理屋さんのおっしゃる「行動の機能」というのがよく分かりません.


>>虚無好きさん
>>「ではいったい人間は最低限どの程度の知識を
>>あたえられれば言語を習得できるのか?」
>非文法性の認知をうながす教育的な刺激がほとんどなくても、
>ヒト幼児が一様に文法を獲得することが、
>一般学習の推論では不可能である、すなわち生得的であることの根拠とされるにゃ。
生物系の人なら,正常な環境であれば当然受けるはずの「解発刺激」を受ける
ことを前提にした形で,遺伝子は行動をプログラミングしているという生得的
解発機構からの類推で考えるんじゃないかな.ただどの程度前もって生得的に
形成されているのか,それがいわゆる正常に機能するためにはどんな刺激が必要
なのか(刺激を受ける時期critical periodも重要でしょうね),についての
分析は言語学者さんにお任せするというか.

>>とくに言語領野に符号化された情報を明示的に記号化しようとする試み
>脳内のUG(注:普遍文法)の構造を記述するということかにゃ?
たぶん,そういう意味ではないかと.
>チョムスキーは、言語知識を精神に安定した状態で存在するといってるにゃ。
これは言語の知識や能力が「構造」として脳内に存在するという意味だと感じます.
動的か静的かは分からないけれども,消え去ってしまわない形でどこかに存在する
ことを言っているのではないでしょうか.

ブローカ/ウェルニッケの古典的な機能論にはべつにそれほどこだわるものでは
ありません.どこまで大脳皮質機能局在で行けるのかもまだ分かりませんし.


>>32 にょほ1さん
「表象」は,個体の構造に依存しながらその個体が感覚器官から受け取って認知した
外界内界情報,でいいかと.つまり,表象は外界内界情報を正確に反映したもの
ではなく,個体側の要因に左右されるよ,ということでいいでしょうか? 極端に
いうと,外界に存在しないものをあたしたちは存在するように感じることもあるよ,
です.

34 :にょほ1:01/11/03 15:07
>>32
2点ほど伺わせてください。

>認知を「外的・内的環境の情報処理と,それを行動につなぐ過程」,
>意識を「外的・内的過程の表象」

言葉の問題だと思うのですが、たとえば単純な反射みたいなものも
認知といっていいのでしょうか?脳での情報処理は行動に結びつけばすべて「認知」
なのでしょうか?
これはもう分野ごとに違うあいまいな言葉なのですか?

>「表象」は,個体の構造に依存しながらその個体が感覚器官から受け取って認知した
>外界内界情報,でいいかと.つまり,表象は外界内界情報を正確に反映したもの
>ではなく,個体側の要因に左右されるよ,ということでいいでしょうか? 極端に
>いうと,外界に存在しないものをあたしたちは存在するように感じることもあるよ,
>です。

つまり表象とは個体が個体の構造に依存して認知(情報処理を行動に結びつける過程?)
した外界内界情報ということですね。
でも認知自体が個体内の構造に依存しているのも当然のことなのではないのですか?

うううちょっとよくわかりません。。


表象とは

行動につながらなければ認知ではないのでしょか。

35 :脳計測屋 ◆CognSttg :01/11/03 15:09
何だか盛り上がってきましたね。

36 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 15:45
11がいないとまともなスレになりそうな予感age

37 :脳計測屋 ◆CognSttg :01/11/03 15:47
ならば、動物の認知機能の話題も俎上に載せてみてはいかが、と。
(ヒトの認知機能はここではおいときます)

38 :虚無好き:01/11/03 16:28
(^o^)先生、的確なレス、
というより、わたしのつたない表現を補足していただき恐縮にゃ。
表象についていえば、
ずっとまえにでた認知マップが、ひとつの空間表象といえるにゃ。

やはりまえにでた、不登校児のふるまいについても、
恐怖の対象の空間的近接だけでなく、時間的近接も考えなくてはいけないにゃ。
そして恐怖は、ヒトのばあい、時間的近接のみを条件としても、
やはり近似比例的に増大すると思われるにゃ。
すなわち、死刑執行日を知らされた死刑囚の恐怖にゃ。
この死刑囚の恐怖は、時間表象において生じるといっていいにゃ。
(もちろん恐怖を、発汗や脈拍の変化など生命現象としてみたうえでの話にゃ。)
わたしの考えでは、空間的近接も時間的近接も、そして意味論的近接も、
ひとつの心的距離に還元したほうが、恐怖の現象をエレガントに記述できると思うけど、
哲学的にすぎるので、示唆するだけにとどめるにゃ。
で、いっぽう
動物で時間表象があるかどうかを実験しても、
うまくいっても、サーカディアンリズムみたいのに還元されるような気がするにゃ。
ひるがえって、ヒトに本当に時間表象があるといえるのはなぜかにゃ?
あんまりヒト特有の表象能力とは思いたくないにゃ。
なぜ、日曜の夕方くらいからユウウツになってくるのかにゃ?
「サザエさん」をみるから?
うそにゃ。盛り下げてスマソ…。

39 :にょほ1:01/11/03 16:32
34は>>33の(^o^)様へでした。
鬱出し脳

40 : :01/11/03 17:12
動物の意識の問題には誰もろくな答えだせないと思われ。(当たり前)

41 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/03 17:17
虚無好きはいつも中途半端だな。(w

42 :虚無好き:01/11/03 17:39
↑ドキッ!

43 :国語:01/11/03 20:59
虚無好き様、ゲノムと行動スレものぞいてますか?
トックリバチの話、面白いです。

44 :虚無好き:01/11/04 01:07
国語の先生がいると孤独じゃないにゃと思うにゃ。(喜

自動症の症例では、かなり複雑な生活行動が無自覚に行われることを示しており、
やはり意識は行動の必要条件ではないと考えられるにゃ。
トックリバチスレでは、ここにはってあったのとと同じリンクが貼ってあり、
(ハエのあたまをひっくりかえすやつ)
問題領域も重なっているんだけど、誰もここに来てくれないにゃ。
ここはけっきょく11先生のライフワークをたたきのめすスレだったのかにゃ?

今日ヤンツとまちがえて、神経生理学者ヤングの本を借りたけど ←アホ
論旨は、むしろ11先生のものを極端にした観さえあるにゃ。
「生物学者は、動物も植物も環境の操り人形ではないことを知っている」
というあたりは、このスレを読んだあとだと、疑わしくなっちゃったにゃ。
さすがに「脳は受動的でなく能動的である」とまで断言されると、ひくけどにゃあ…
で、
理系の「発見」という用語は数学的プラトニズムをかりに前提としているだけで、
あんまり気にすることないにゃ。>国語の先生
ただし歴史学で、いちばん客観化しやすい死者数でさえ国家間であれだけもめるとなると、
客観科学へのみちのりは遠いかんじにゃ。
文系のおしゃべりはこのくらいにしとくにゃ。
でも、いちおう、あげとくにゃ。

45 :11:01/11/04 02:46
私はもはやここでは積極的には出てこないことにしましたが、論理的な間違いを指摘する
くらいならいいでしょう。

>>44
>「生物学者は、動物も植物も環境の操り人形ではないことを知っている」
>というあたりは、このスレを読んだあとだと、疑わしくなっちゃったにゃ。
                       ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
                      疑わしくなくなったにゃ。
の間違いじゃないんですか? 私の主張を頭から否定しているのは主に心理学板から
来た連中だと私は思っています。J.Z.ヤングの本は私も読んでいますけど、その
一文はべつに驚くほどのことじゃないです。気がついていないのはガリガリの
徹底的行動主義者だけです。

トックリバチのスレはまだどちらに流れていくか分からない状況です。とはいえ、
私は書きません。ご安心召されよ>トックリバチスレの方

46 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/04 08:58
>>45
それ「疑わしくなっちゃった」ってのが,まさにこのスレの主旨だと思うけど?
あいかわらず全く文脈が読めてなくて,それで自分の誤解に基づいて
「論理的間違い」だとか言ってる。やっぱりあなたはいない方がいいわ。

47 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/04 09:10
表象、ってのはmental representationじゃない?
外界の状態や内的な状態が「見えている、感じている」という
状態。われわれは自分のまわりにあるものをある種の「像」
として「見ている」し、自分が考えていることや思考の流れを
「感じて」いるよね。そういうのが表象だと思う。
だから、外的情報を取り入れて、それを処理して行動に
繋いでいても(認知が成立していても)、それが「見えている」
「感じられている」ということがなければ、表象はないという
ことになる。もちろん、われわれが存在を確認できるのは
究極には「自分が持っている表象」だけ。それと類似したものが
動物にあるかはおろか、自分以外の人間にあるかも直接
確認はできないよね。

48 :にょほ1:01/11/04 11:06
>>47
なるほど。
こういうことなんでしょうか。

49 :心理屋:01/11/04 14:08
>>47
これは難しいです。>>47でいう表象は「意識」を必須に含むと
思いますが,(前に見て,すでに現前しない)地図に従った行動など,
ある種の「外的世界の見取り図」が必要な行動で,でもそれが
意識(あるいは>>47で言うような心的表象)を伴わないこと,
というのはあると思いますし,たしか行動分析学でハトなどに
そういう行動を形成した研究があったような気がします。
「ピカソを見分けるハト」でも,ハトに意識があるかどうかはおいても,
ピカソ的特徴の「表象」の存在はまだ否定できないかも。

あと,>>33,「行動の機能」についてですが,私の使った意味では
「環境との相互作用の中でその行動が生み出すこと」という程度の意味です。
機能的に等価とは,同じ目的を達成することなどにあたります。
ピカソを見分けるハトの行動は,それを行う(絵を見て作家を弁別する)人間の
行動と機能的に等価,ということです。

50 :虚無好き:01/11/04 14:30
にゃにゃ。おもしろくなってきたにゃ。
心理屋先生は、機能的等価は観察されるけれども、
プロセス的等価までは保証しない、あるいは、
プロセスは考えるに値しないとおっしゃりたいのかにゃ?

51 :虚無好き:01/11/04 17:12
顔の表象を考えたとき、内省では届かない情報処理も含まれてるにゃ。
認知心理学ではすくなくともその処理のいくつかが、
並列的に処理されていることを証明したにゃ。
しかしそれがすべてともいえないにゃ。
モー娘。の加護と辻の顔をいかに区別しているかは、
結局(区別している)本人にも正確には言えないというのが実状じゃないのかにゃ。
で、
相貌失認のばあい、その区別は、眼鏡をかけているとか髪型とか、
その他の本来的でない総合情報をたのみとすることになるにゃ。
で、この区別は機能的には健常者と等価であるが、
プロセス的には等価でないという理解でいい気がするにゃ。
そしてやっぱり、プロセスは認知システムにおいて重要であり、
いかに機能的に等価でも、単純か複雑かのレベルは客観的に記述可能だし、
研究に値すると思うにゃ。
以上素人の印象にゃ。44については、また書くにゃ。

52 :虚無好き:01/11/04 17:16
言語板でもおなじみの
文章を、みじかく、区切って、話すひとが、
健在にゃ・・・

わたしも同じたぐいにゃ。ウツにゃ…

53 :心理屋:01/11/04 17:42
>>50

考えるに価しないとはぜんぜん思わないです。
それから,機能的等価が観察されたら
まずはプロセス的等価を仮定するのが常道だとも思います。

だからこそ,人間の行動と,(人間と等価なプロセスを
ふつう仮定されない)動物の行動が機能的に等価である,
または,人間だったら「知性」のようなものが仮定される
行動をずっと下等な動物が示す,というような知見が重要だと
思うわけです。ダーウィンのミミズの研究に何人もの心理学者が
ひどく惹かれている理由もそれです。

>>51
やはり,認知(情報処理),表象,意識などはそれぞれ独立の
プロセスで,全体を一体として(たとえば「こころ」みたいな概念で)
考えるのは無理があるし,認知に表象や意識が不可欠,ってことも
ないだろうと思います。むしろ,表象や意識が存在することが
認知にとってどのように「有利」なのか,あるいは進化の過程で
有利であったのかに興味があります。

54 :虚無好き:01/11/04 21:28
レスどうもありがとうございますにゃ。
わたしも「知性」はさすがに使いたくないことばにゃ。
ミミズ研究については何も知らないので、ちょっと調べてみるにゃ。

無学ですまないのにゃ…

55 :脳計測屋 ◆CognSttg :01/11/04 22:11
>>53
ひとつ質問なのですが、
認知のモデルとしてあなたはどのようなモデルが有力だと思われますか?

>表象や意識が存在することが認知にとってどのように「有利」なのか,
>あるいは進化の過程で有利であったのかに興味があります。

という下りが、少々気になりましたので。

56 :心理屋:01/11/05 09:15
>>55
モデルとしては計算論でも,コネクショニストでも
何でもいいと思うのですが,とにかく
認知=意識,認知=(心的)表象ではないと思うということです。
そういう意味で,私の議論は「認知のモデルとして(既存の)どのモデルが
有力か」といったこととは直接関係しないように思います。

私は,人間では認知過程の動作に随伴して(因果や部分という関係ではなく)
意識や心的表象が,(かならずしも個々の認知過程の動作には必須ではないにも
関わらず)なんらかの理由で現れている,という可能性がある,
ことを言っているだけです。

57 :脳計測屋 ◆lBrainZg :01/11/05 12:34
>>56
その点について、これまでの心理学の研究ではどのようなことが言われていますか?
僕などは心身二元論への転落を危惧してしまうのですが。。。教えて君状態で申し訳ないの
ですが、何か関連する情報をお願いします。
(「脳」屋の発想としてはそこに視床が絡んでくるようなイメージがあります)

58 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/05 12:42
茂木健一郎氏のおっしゃるクオリアについてはどう思いますか?

59 :心理屋:01/11/05 12:56
>>57
それが,心理学内部でそういうことを誰が「言っている」か,
といわれると,はたと止まってしまいます。むしろ認知科学の方の
専門家の方が詳しくないかな?

「そういうことを前提に理論構築してる」人たちと言う意味では,たとえば
アフォーダンスの人たちだと思います。「直接知覚」(表象を媒介しない
知覚)のアイデアなんかはもろにそういうものです。
とりあえず,講談社現代新書にある佐々木正人「知性はどこに生まれるか」
をまだ読んでおられなければ,気軽に読める面白い本なのでお薦めです。
(「みみず」の話も紹介されてるので,虚無好きさんもどうぞ。)
あと,関連するもので1時間くらいで読める本としてNHKブックス
三嶋博之「エコロジカル・マインド」があります。どちらも学問的に
厳密なものと言うより読み物ですが。

なお,徹底的行動主義者も「意識は行動の原因ではない」という文脈で
同じことを考えますが,その話はおそらく脳計測屋さんの興味を
惹かないと思います(笑。

60 :心理屋:01/11/05 12:58
>>58
そりゃああまりに大変な問題で,とてもじゃないが私風情が
どうのこうのいえる問題ではありません。もちろん,
ここで論じられることとは深く関係しているでしょうが,
私がなにか説明したり,意見を言ったりするのはあまりに
おこがましいです。

61 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/05 14:45
>>58
ここでやったら食いついてくる奴もいるんでは
http://cheese.2ch.net/test/read.cgi/life/1004787654/l50
http://cheese.2ch.net/test/read.cgi/life/998082434/l50

62 :pa:01/11/06 09:07
前スレッドの>>785
>> http://cheese.2ch.net/test/read.cgi/life/1001889167/784-785n
心理屋氏
ども フォロー有り難うございます。
おくれてしまいましたが,もうすこし質問
(まだスレッドを全部よんでないので既出ならもうしわけない)

>行動主義が認知心理学と対立するのは,それが内的過程を
扱っているからではなく,認知心理学が内的過程として
提唱している諸概念の多くがが生理学的,生物学的な基盤を
もたない心的過程の概念にすぎないからです。

これですが,具体的にどのような対立があるのか今ひとつピンときません。

動物の行動,あるいは認知過程を1つ例にあげてもらえるとありがたいのですが
あるいは,争点が明快にでているレビューでも。
(私はすでに野に下っており 大学の図書館には入れないので
ピンポイントであげてもらったほうが直接とりよせやすいのですね)

私の身近な例えをあげれば,認知地図については徹底的行動主義者はどのようにとらえているのか?認知科学との争点はなにか?などになるでしょうか。

63 :心理屋:01/11/06 10:01
>>62
荷の重いテーマなのであまり深入りしたくないですが(笑,

たとえば認知地図なら,人間だと駅から家までの道のりを地図に書いて,
といわれれば書けますね?
でも,このことと「実際に認知地図のようなものを内的に持っている」
また,「その認知地図に基づいて駅から家まで歩いている」こととは
等価ではない,ということが重要だと思います。
行動がある種の規則性を持っている時に,その規則性の写像(あるいは
原形)のようなものが内的にあって,それを「なぞる」ように
行動が起きている証拠はないでしょう。観察されているのは,人が
(自分が)道順を辿って駅から家まで歩いている,ということだけです。

人工知能の研究では,たとえば道順を辿っていくロボットを作る時に,
道順全体の「地図」を持たせるアルゴリズムより,ひとつひとつの
曲り角をどう曲がるかを判断する単純なアルゴリズムだけ持たせて,
それらを適切に連鎖させる方が効率的であるという実例が示されています。
ところが,そうした単純なアルゴリズムの連鎖で動いているロボットも,
観察している人間からは「道順を理解して進んでいる(認知地図を持っている)」
ように見えます。このとき,ロボットが持っているとされる「認知地図」は
ロボットの側にある実体的構造ではなくて,観察者側の解釈,つまり心的概念です。
(「駅から家までの地図」の例のように,人間が,自分の規則的行動を自分自身で
解釈して,行動の写像っぽいものを作ってしまうことが,問題を複雑にしています。)

ハトに複雑な道順を辿ることを学習させることもできますが,その時も,
実際に学習されるのは曲がり角ごとの「判断」と,それらを連鎖させる最終的な
強化子だけです。そのとき「認知地図が形成された」ということもできますが,
それは説明として冗長なのでは,というのが行動主義者の立場です。
もちろん,ここでは私は「そう考えるのが正しい」という主張をしているわけではありません。

64 :心理屋:01/11/06 10:04
この問題を考える上で面白い参考文献としては
上野直樹・西阪仰「インタラクション〜人工知能と心」大修館書店,があります。
動物の認知能力,というこのスレのテーマを考える上でも参考になると思います。

65 :心理屋:01/11/06 10:16
単なる道順でなく,迷路を辿ることを考えるとよりわかりやすいかな?
迷路を辿るのに,迷路全体の認知地図の形成が必要か,それとも(たとえば)
「ある方向に曲がり,その先が行き止まりだったら前に戻り,別の方向に曲がる」
という単純なアルゴリズムの連鎖だけでいいか,後者だったらその連鎖によって
迷路を抜け出ることができたとき「認知地図が形成された」というのは冗長かそうでないか,とか。
11さんだったら「2回目からは認知地図が形成されている」とか言うだろうけど,
各選択の連鎖が学習されただけ,と考えてなにか説明上の不足があるかな,とか。

その「学習された選択の連鎖」を認知地図と呼ぶのかな,でもその「連鎖の学習」に対応する内的な
実体は存在するのかな,あるいは人間以外の生物でその「認知地図」が心的に表象されることはあるのかな,
ないとすればそれは「地図」と呼べるのかな(というか,それを地図と呼ぶのは「観察する人間による解釈」
に過ぎないのではないかな),とか。そうならそれは認知過程の記述ではなくメタファーだなあ,とか。
まあきりがないし,私もよくわかりません(笑。

66 :pa:01/11/06 10:17
★心理屋氏
>>63

>ハトに複雑な道順を辿ることを学習させることもできますが,その時も,
実際に学習されるのは曲がり角ごとの「判断」と,それらを連鎖させる最終的な
強化子だけです。そのとき「認知地図が形成された」ということもできますが,
それは説明として冗長なのでは,というのが行動主義者の立場です。


★フォローどもです。
おそらくそうした批判を考慮してnavigationにおいても
path integrationと手がかりとの結びつきのみでは解決できない
状況をつくる実験がいくつかおこなわれてきたのだとおもうのですが,

えっと前スレで挙げた
・ミツバチ・・ミツバチのダンスを踊るとこれにしめされる方位と距離に
したがって仲間のハチがとんでいくが,池の中を示したばあいには
仲間のハチはとんでいかなかった
 →仲間のハチは「視覚的手がかり(ここでは放射状迷路外のてがかり)の包括的な記憶表象」(Suzuki ,Angerinos & Black,1980)
に基づいて,「池の中にいくこと」を避けてとばなかったのではなかろうか?

・マウス
 まがりくねった迷路学習をおこなわせると
ショートカットをするようになった。
(これは Okaichi (1996)のレビューなどを読んでも認知地図以外の解釈もあるのでは?
っていう疑問がのこるところですが実際
No evidence for cognitive mapping in rats.
Simon Benhamou
Animal Behaviour 1996, 52 201-212
では問題解決ができなかったわけですし
とはいえ,とりあえず課題解決ができたら・・という仮定ではなしを
すすめていただければありがたい)

などについて,は徹底的行動主義ではどのように
解釈しているのでしょうか?

67 :pa:01/11/06 10:49
虚無好き 氏
>>29

>ピジン語(英語などからできたカタコト言葉)やアメスラン(アメリカ式手話)
>などの不完全な言語
クレオール(混成語)がいかなる意味で不完全なのか、ちょっとわからないにゃ。

★もうしわけない。これは「s・ピンカー著 言語を生み出す本能」
を読んだ記憶にもとづいてかいたためで,
本書が手元にないのと,何年も前によんだことで記述がいい加減になって
しまった。
 ピンカーとしては要するに,「自然言語にくらべると流暢でない
ことばを子供がきくとそれを流暢な自然言語に直す」
ってな意味としてつかっていたのだと当時解釈していたのだけど,
では「りゅうちょうな自然言語ってなんですかいな?」
ってのは問題ですね。

ただ,気になるのはたとえば,子供が
日本語があまりうまくしゃべれない外国の人とくらして
いてそこでだけ日本語カタコトの・・をきく。その場合でも
子供達は私たちが喋っているのと遜色ないような
日本語をしゃべれるようになるのだろうか?ってことでして。

あとは,言語獲得の感受期ですか。言葉がしゃべれるようになるのは
3歳ころだっていうけれどそれをのがしたらどうなるのだろう?とかですね。
(といってもじっけんは無理でしょうが・・)


 

68 :心理屋:01/11/06 11:44
>>66

認知心理の人や,認知的アプローチの生物学者が使う
「表象」って概念は,情報の全体的見取り,綜合的な処理の「機能そのもの」を
指してて,それが「目に見える」というような心的表象を指してはいない場合が
あるのではないでしょうか?認知地図という言葉を使う場合も,そういう意味なら
行動主義から見ても特に問題ないと思います。

認知地図といった時に,意識上に地図が「イメージ」として展開されて,
それをイメージの指で辿りながら,それをなぞるように道を辿っていく,
ということを仮定するのでないなら,それを「機能を抽象した概念」として使うのには
問題ないでしょう。paさんのいう「認知地図」はどうですか?イメージとして
現前するもの? それとも「機能」?

ただ,機能の概念としてはそう呼べても,それと対応する
「ひとつの過程」が実体として内部に存在するというのには,まだ距離があるでしょうね。
行動主義者なら「認知地図と呼ばれるような性質を持つ行動(行動クラス)が存在する」と
いうかもね(笑。

同様に,人間がそういう行動をした時「認知地図」という記述が適当であるようなものと,
「機能的に等価」な行動が動物に観察された場合に,特にその動物(の脳や中枢系)が比較的下等な
ものであった時に,動物にも認知地図がある,と考えるのか,人間のその機能にも認知地図は必要で
ないと考えるのか(それがなぜ随伴するのかはまた別の問題,あるいは機能と関わるとして),
あるいは....あるいは.....というような議論は常に生じるでしょう。

69 :心理屋:01/11/06 11:55
蛇足とは思うがつけ加えれば「認知地図」が心的表象でなく機能であるとすれば,
それはわれわれの知っている「地図」と等価なものではなくて、「地図」という言葉を
メタファー(比喩)として使ってその機能を表現してるわけですよね。ほんとに余計なことですけど。

70 :脳計測屋 ◆lBrainZg :01/11/06 13:04
>心理屋氏

言わんとしていることが段々わかってきました。
ただ。。。単純に考えると、それは結局認知心理学批判になるわけですよね。
僕は以前、認知心理学が生理学的な基盤を持たない主張をしている例として、
視床に関する知見を引いたわけですが。動物の認知機能を追究するということと、
この話とは絡んできそうな気がするのは皮相的な見方でしょうか?

余談ですが、ミツバチは認知機能だけではなくて高度なコミュニケーション能力を
持っていると聞いたことがあるのですが。この辺との関連はいかがですか?

71 :心理屋:01/11/06 14:31
>>70
ミツバチには大きな脳やおそらく意識もない(?)のに高度な認知機能や
コミュニケーション能力もあるなんてすごいなあ,そうしたことに
人間みたいな大きな脳が要らないなら,何がそれを支えているのかなあ,
あるいは,じゃあどうして人間にはこんな大きな脳があるのかなあ,などと
つらつら考えますね。で,そういうことは私より生物屋さんの分野ですよね。
ところで,ミツバチって学習はできるんですか?

日本の心理学者でものすごくシンプルな人工知能,っていうか「学習する
子どものシュミレーション」を作っている人たちがいるんですけど,
その動作を見ていると,まったく同じプログラムを走らせていても,
入力(環境)がシンプルならシンプルな(反射的な)行動をするし,
入力に複雑な構造を持たせていくと,出力(行動)もどんどん複雑に
「認知的」になっていくんです。私はそれを見て,
認知的な機能とか能力が単純か複雑かってことが,必ずしも「内的過程」の
複雑性だけによって一義的に決まるとは言えない,ってことも大事だなあ,
と思いました。人と同じ環境で育てたサルは,普通のサルより人間に近い
「認知機能」を示しますよね。でもその時にサルの内的過程が(生理的,物理的に)
なにか変化したわけじゃないですよね。とかなんとか,むにゃむにゃむにゃ......

72 :虚無好き:01/11/06 14:35
寒いと調子がわるいのにゃ…
まず行動主義は、心理学を真性の自然科学にしようという企図だと理解してるのにゃ。
そして、上のようにアルゴリズムが動物行動の比喩として有効だとするならば、
内的過程に関する不可知論的立場は、
まず既存の自然科学の推論の一部をもまきこむように思われるにゃ。

話が冗長になる予感がするけど、乗算をするブラックボックスがあると仮定して、
アルゴリズムはだいたい次のようまものが考えられるにゃ。
@)x*yにおいて、ゼロにxをy回足して出力する。
A)すでに九九の表のように答えを書いたテーブルがあり、
x、yを座標とみなして答えを拾い出し、出力する。
B)すでに行った計算は、答えを格納し、同じ出題が出ればそれを出力する。
新しい計算については@と同じ。
これら三つのプロセスは、機能的には等価なのにゃ。
さて、ブラックボックスがどのプロセスを持っているかは、
プログラムテキストが直接観察できなくても推定可能にゃ。
なぜなら、システムは一般に、不可逆的にコワレル可能性があるからだし、
あるいはこのようなシステムは最低限のエネルギーを消費するので、
供給エネルギーを減らし、意図的に誤動作させることもできるからにゃ。
その<症例>として、新しい乗算については正しい答えを出すが、
2回目以降は必ず誤った答えを出すばあい、
これはBのシステムで、記憶のメカニズムが正常ではないと推論できるにゃ。
または、xyが必ずx(y+1)になるばあい、
Aのシステムで、座標計算に狂いがあると推定されるにゃ。

話は飛躍するけどにゃ。ヒトの<症例>でもこのような推定は有効であり、
いっぱんに認知能力が並列的なモジュール構造をもっているという
認知心理学の見解を支持しているように思われるにゃ。
失語のケースでも、文字は読めないが、
その文字が何を意味するかは、指をさして指示することができるとか、
あるいは、文字が読めても、それが何かはわからないとかいろいろあるにゃ。
これらの証拠にもとづいて、プロセスを推定すれば、
ヒトと鳩の認知能力についても有意な差異がでてくるというのが
わたしの予測にゃ。
とにかく限定された、ひとつの機能的動作だけの検証を行えば、
鳩に漢字が読めるといった実験報告も可能かもしれないが、
ヒトと鳩のプロセス的同一の証拠にはならないにゃ。

ミミズの研究については、エコロジカルな話が多く、
人知を思わせるような研究報告はちょっとないのにゃ。
長文スマソにゃ。

73 :虚無好き:01/11/06 14:48
pa先生。
GenieとSusan Curtissで検索するのにゃ。あるいは
http://www.pbs.org/wgbh/nova/transcripts/2112gchild.html

むにゃむにゃ。また来るにゃ。

74 :虚無好き:01/11/06 15:01
すまんにゃ。
Genie Lennebergのほうがいいかもにゃ。

75 :11:01/11/06 15:14
私の名前が挙げられたのと、paさんが放射状迷路に言及したので顔を見せておきます。
放射状迷路を用いた研究を私はやっておりまして、PubMedで検索すると私の論文が
2報ほど引っぱってこれます。でもその論文自体はたいしたことないのでどれかは
言いません。

それはともかく、そういう迷路に餌をおかずに自由に探索させた後で、実際にどこかに
餌を置いて訓練すると、自由に探索させなかった場合と比較して迷路学習が早く
成立する。これはいったいどうしてか?

実は私も脳内に認知地図という鳥瞰的な表象が生成されるという考えには懐疑的です。
それより、自由に探索させることにより、その迷路の構造に関する全般的な知識が
獲得されるのだろうと考えたい。この知識が後に言われるようになったreference
memoryという長期記憶で、working memoryと対応させて語られていますね。

76 :11:01/11/06 15:16
すみません。>>75の研究は主にラットを用いて行います。

77 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/06 15:48
11先生は立派な研究者の先生だったのですね。

78 :心理屋:01/11/06 15:59
>>72
あ,そういう話になっていれば議論の余地はとくにないのでは?
別に私は機能的に等価=同一の過程と言ってるのではなくて,
まずはそう考えて,そうでない証拠があったら初めて別の可能性を
考えるべき,ということを言ってるだけです。それじゃあまりにあたりまえか。
でも,人間がでかい脳を持っているということをアプリオリに前提にして
人のいろんな認知機能には必ずでかい脳が重要な役割を果たしているはず,
みたいに考えてると,動物の認知を理解するのには困るかも,ってことです。

79 :心理屋:01/11/06 16:01
あと,行動主義が真性の自然科学を....という話には私自身は懐疑的です。
行動主義の心理学も,やはり人文科学だと思います,っていうか,そうであるべきだと
いうのが私見です。行動主義が用いる概念の多くは再帰的であったり,あいまいであったり,
認知心理学と対立するからといって認知心理学より「科学的」であるわけでもありません。
行動主義における「実験」は結局は「デモンストレーション」であって,自然科学における
実験とはずいぶん意味が違います。まあもちろん「自然科学的な色彩が強め」「客観性を
重視してる」くらいはいえるでしょうが。

私自身は,むしろ社会構成主義とかウイトゲンシュタイン的な言語/会話分析とかと
結び付いて状況や文脈,それと人間の相互作用を重視する人文科学の,原理的バックボーンと
しての行動主義の価値の方を重視しています。スキナーは終世,彼の行動主義の「哲学」としての
意味を強調してたわけですが,まさにそういうことです。
これだから私は実験系の行動主義陣営とはあまり良好な関係を持っていません(笑。
まあ11さんが変な行動主義批判をしない限りは,とくに行動主義を積極的に主張したりも
しないわけです。スキナーの真意はむしろ自分の方が分かっているのでは自負(笑)は
してますけどね。

80 :心理屋:01/11/06 16:07
>>75
たとえば11さんみたいに考えるなら「地図」のメタファーはかえって
「ほんとうのこと」を発見するのを邪魔するかも知れないですよね。

81 :11:01/11/06 16:15
>>80
この場合はそうかも知れませんが、私はスキナー箱でもラットは
レバーを押せば餌が出るという知識を獲得すると考えるべきだと
思いますね。いずれにしても、私は徹底的行動主義が脳の機能の解明に
寄与することは全くないと思っていますよ。

82 :心理屋:01/11/06 17:03
>>81
徹底的行動主義,あるいは分析哲学っぽい概念分析からいえば(笑........

「知識を獲得すること」と「(その知識が必要となる)行動をすること」とが
外的基準によって区別できるなら,それを「知識を獲得する」ということができるし,
もし,そうした行動が生じる,ということ以外に「知識を獲得した」という
指標がないならば,知識を獲得した,ということは冗長で,そこでいう「獲得」は
メタファーでしかありません。「知識そのもの」が行動と区別できることが必要です。

スキナー箱のラットでいえば,ラットがレバーを押してエサを出すという行動の
頻度が上昇した,という指標以外の外的指標から「ラットがレバーを押せば餌が出る
という知識を獲得している」かどうかを判別できるなら,知識を獲得したと
考えることができます。つまり,スキナー箱のラットの観察だけからは,「知識が
獲得された」ということはできません。もし言うなら,それは解釈,または感想です。
条件づけに伴って脳に変化が生じることは常識ですが,それが「知識を獲得した」こと
だ(その変化が知識の内容と対応している)とは,まだ言えないでしょう?

歴史学が脳の機能の解明に寄与することは全くないといって歴史学を非難する人は
いませんよ。徹底的行動主義も同じで,脳の機能の解明はその学の目標でも,
条件でもありません。それでも,歴史学者に歴史は人間の脳の機能で決まる,
といったら「そうではない」というでしょう? それだけのことです。
まあこうした話題で私と11さんが議論することは誰にとっても面白くないから
やめましょうよ。

83 :11:01/11/06 17:23
スキナー箱のラットの観察だけじゃない、paさんの挙げることもみんな同じことを
示唆しているではありませんか。
私は徹底的行動主義の一番根本的にもつ暗黙のテーゼ、内的過程は行動の原因ではない
(内的過程そのものが解明されていないにもかかわらず!)とアプリオリに主張する、
このことを批判しているのです。徹底的行動主義がこの誤りに気がついて消え去って
くれれば、こんなくだらない議論で時間を浪費する必要はなくなるのです。

84 :11:01/11/06 18:22
でね、この種の議論はもう1970年代にすでに終わってるんですよ。
そして、続いてきた機能主義も結局我々の主観的な体験である意識を
説明するには至らなかった。それから1990年代にやってきたのがアウェアネス
とかクオリアの概念。クオリアの主張は我々の主観性の構造の物質的基礎を
明らかにすることを目的としているらしいが、これも、あくまで入力刺激の
処理のみを対象としている点で片手落ち。これを我々の行動や意識はむしろ
すべて内的過程から始まる、と視点を変換させることを目指すのが、私の
生命は本来自発的という主張なんですよ。方法論はクオリアで行われる
と同じく神経細胞の活動を見ることになるだろうが、観察の対象は刺激に
対する応答ではなく、内部から生じる活動の方になるだろう。主観的な
体験は刺激に対する応答によって生まれるではなく、内部から発生する活動で
ある、ということ。これが今。

85 :心理屋:01/11/06 18:28
>>83
同様に「内的過程が行動の原因である」ということもアプリオリに
主張すべきではないでしょうね。ある過程(の中身が)解明されているか
どうかと,その過程を説明に用いるかどうかは独立の問題です。
ある内的過程がある行動の原因であると考えられる時には,そうであるように
分析をすすめればいいし,そうは考えられない時にはそうでないように
分析するだけです(そのばあい,その過程が解明されているかどうかは問題になりません)。

私は「内的過程が行動の原因ではない」と言っているのでは
なくて,ある過程(たとえば「ラットの知識獲得」)がある行動(ラットの学習)の
「原因」であると考えられる(そう考えても冗長ではない)条件について述べただけです。
その条件を満たしているなら,内的過程を仮定することは冗長ではないし,
そうでないときは冗長である,それだけのことで,これは議論でも何でもありません。
11さんとの話は終わり。今日は普通に話せると期待したのですが。

86 :11:01/11/06 18:32
訂正
×主観的な体験は刺激に対する応答によって生まれるではなく、内部から
発生する活動である、ということ。
○主観的な体験は刺激に対する応答によって生まれるばかりではなく、
むしろ内部から発生する活動である、主観的な体験の性質は主体側の
もつ(神経ネットワーク)構造に依存する、ということ。

87 :心理屋:01/11/06 18:33
>>84
クオリアはそんなものではありません。クオリアはあくまでも
「感じられるもの」であって,入力出力の議論とも関係ないです。
また,クオリアの物質的基礎だなんて,そんな恐ろしいことは言わない方が
いいですよ。きちんと勉強せずに語れる問題ではありません。
私も,クオリアの問題なんて恐ろしくて手が出せないことを前にも書きました。

88 :心理屋:01/11/06 18:37
主観的な体験,なんて問題についても同様です。
そんな恐ろしいことについては私には話す言葉はありません。

89 :11:01/11/06 18:41
>>88
だからすでに徹底的行動主義の出る幕じゃない、ということで
いいですね。だって主観的な体験は扱えないだもの。

90 :sage:01/11/06 18:44
ふりだしに戻る

91 :心理屋:01/11/06 18:52
主観的体験は現在のところ誰にも「客観的には」扱えないのです。
扱えるのは主観的体験の言語報告だけです。11さんは主観的体験に
ついて「話している」だけで「扱っている」わけではないですよ。
たとえば,私が今11さんのおかげで「主観的にイライラを感じている」ということを
客観的な指標で確認できますか?これはものすごく恐ろしい,大変な
問題です。万が一11さんの主張が生物学を根本から変えるようなことが
もしあるとしても,主観的体験なんてものがそんな簡単に「扱える」なんてことはありません。
心理板でも最近以下のような恐ろしい議論が起こりました。私は読むだけで恐ろしいです。
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=psycho&key=1004143423&ls=50

11さん,その説については「生物の行動」を行動主義より上手に説明する,あるいは
これまでの生物学より上手に説明するというレベルに留めておくべきです。
主観的体験なんてことを言ったら,もし他の部分はすべて正しくても,見事に足をすくわれますよ。

92 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/06 18:58
11ちゃん今日は最初のひとつふたつのレスだけにしとけばけっこう評判上がったのに....
惜しかったね。

93 :虚無好き:01/11/06 19:13
むにゃむにゃ。
いちおういっておくけど、
行動主義が自然科学であるという見解は、J・B・ワトソンを参照して言ったのにゃ。

これから争点がどうなるのかわからんにゃ。
とりあえず11先生の名誉が挽回されたようなので、
いささかの疑問も提出しておくにゃ。
生命の一般原理があるとしても、それは生得的メカニズムにこそ適用されるもので、
単体の神経細胞の自発的発火にその例証を求めるべきではないにゃ。
生命の全歴史を規定するような自発性と、
個体、ことに脳をもつ「動物」の行動を特徴づける自発性とは、
次元がちがうような気がするにゃ。
後者は、要するに徹底的行動主義が否定したがっているものにゃ。
もしそれが正しくて、人間の行動が瞳孔散大のような反射に還元されたとしても、
やはり生体器官の構造と、酵素や神経伝達物質の反応の有機的連鎖は
大きなナゾとして残るにゃ。
これは、生命を、せいぜい熱力学的平衡システムにすぎない気象現象から区別する
より包括的な原理のあらわれだと思われるにゃ。
↑この文はどこかが文法的にまちがっているみたいだが、なにがそうなんだかわかんないにゃ…

続けるの、よすにゃ…。休むにゃ。

94 :心理屋:01/11/06 19:49
>>93
私は日本で2番目くらいに寒いとこにある大学にいるので,
寒いの辛いというのとてもわかります。お大事になさってください。

ワトソンとスキナーはだいぶ,っていうかぜんぜん違うんです。
ワトソンは刺激と刺激の対提示による受動的な学習(条件反射/古典的条件づけ)で
「すべての」行動が説明できるとした,現在では歴史の上だけに名前が残る存在。
スキナーは,動物の自発的行動(オペラント)が,それに対して環境から与えられる
結果によって頻度を増減することによって,行動が環境に適応する仕組み
(オペラント条件づけ)によって,「かなりの」行動が予測,制御されるとした人。
徹底的行動主義はスキナーの流れです。

95 :心理屋:01/11/06 19:57
オペラント条件づけでは,オペラント行動が自発されることが必須ですから,
動物の自発性を否定することはできません。ただ,オペラントはランダムで,
その意味や推移は環境から与えられる結果によって定まる,というのが
11さん的「自発性」論との最大の違いです。

そういう意味で,徹底的行動主義が否定したがっているのは,行動の
自発性や,行動の内的過程の存在ではなくて,「行動の意味が内的過程に
よって定められる」ということなのだと思います。行動は自発するし,
その自発には内的過程が関わっているだろうが,自発された行動が動物の
生存や活動に与える意味や,行動のその後の推移は,(自発される前に定まっている
のではなくて)行動が環境から引き出す結果によって定まる,ということです。

今日はこれで降ります。どうもありがとうございました。

96 :11:01/11/06 19:58
>>93
なんか虚無好き先生、混乱していませんか?(笑
>生命の一般原理があるとしても、それは生得的メカニズムにこそ適用されるもので、
>単体の神経細胞の自発的発火にその例証を求めるべきではないにゃ。
>生命の全歴史を規定するような自発性と、
>個体、ことに脳をもつ「動物」の行動を特徴づける自発性とは、
>次元がちがうような気がするにゃ。
これはまだ分からないんですよ。だからこれから研究しようじゃないか、
と私は言ってるわけです。

>もしそれが正しくて、人間の行動が瞳孔散大のような反射に還元されたとしても、
こんなこと、私は言ってないですよーー。

最後に一言だけ、徹底的行動主義に対するお別れの言葉を述べておくと、
主観的な体験である意識を研究しようとしている心理学者や神経科学者には
徹底的行動主義者はいないし、誰も相手にしていませんよ。そんなところに
徹底的行動主義者の心理屋さんが首を突っ込んできて古くさい議論を
ふっかけるからみんな口々に反論し、私は出ていってくれ、とお願い
しているのです。それだけの話です。

97 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/06 20:07
「主観的な体験である意識を研究している心理学者や神経科学者」って
誰のことですか? そんな人がいるなら知りたいので教えてください。
意識の研究をしている人ならたくさん知っていますが、研究されているのは
「主観的体験」ではないと思います。

98 :405:01/11/06 20:13
前スレ405です。
このスレあったんですね。
じっくり読んでみます。

99 :405:01/11/06 20:14
sage損ないました。失礼。

100 :11:01/11/06 20:14
>>91
>主観的体験は現在のところ誰にも「客観的には」扱えないのです。
そう、だからみんな苦労しているのですよ。しかし、主観的な体験は
確かにある。これを扱えないのは従来のパラダイムのせいです。それを
乗り越えようとしているのがクオリアの立場であり、私の立場なのですよ。

>万が一11さんの主張が生物学を根本から変えるようなことがもしあるとしても,
待ってください(笑) 私も生物学を根本的に変えようなどと大それたことは
言ってません。勘違いしないでください。

101 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/06 20:18
11説が生物学を根本的に変えるなんてことはあり得ないけど
主観的体験自体を客観的に扱えるなどということはもっとあり得ないってことじゃないの?
11はまたも未知のトンデモ領域に進みはじめたなあ。期待してるぞ。

102 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/06 20:20
>>100
11はおそらく遠からず客観性という基準の放棄を主張しはじめると思われ。

103 :11:01/11/06 20:27
オートポイエーシスはシステムを内側から見ようとするシステム論です
よね。つまり、従来の「客観的」という物差しとは異なる何かがある・・・
私もまだ分かりませんが、少なくとも主観的体験を扱う際のヒントに
なる可能性がある、と思っていますよ。

104 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/06 20:28
誰だ、この人にオートポイエーシスなんてどうとでも使える言葉を教えたのは?

105 :11:01/11/06 20:34
前スレで私が得た収穫の一つがオートポイエーシスという言葉で
あることは間違いありません。教えてくれた人には感謝しています。

106 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/06 20:37
11のトンデモ発言が増加するのは心理屋氏のレスの後である。
したがって、11のトンデモ発言は心理屋氏のレスに制御されている。
11の行動が現に環境から与えられる入力によって決まっているではないか。

107 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/06 20:52
いやいやなんだか11さんが正しいんじゃないか。

108 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/06 20:55
いや漏れは最初から分かっていたYO。
11さんがすべて正しいんだよ。すごい理論だよ。
どうして学会で発表しないの?

109 :107だが:01/11/06 20:57
いやまじめな話。

110 :107だが:01/11/06 20:58
>>101
の後半は間違っていると思われ

111 :107だが:01/11/06 21:02
>>108
あおりはヤメレ

112 :脳計測屋 ◆lBrainZg :01/11/06 21:10
何だかスレが沸騰しているなと思ったら、案の定。。。w
オートポイエーシスに対する僕の疑念は、前スレで述べた通りです。
まぁ、この辺の話は僕の興味の範囲を逸脱しているのでほどほどにして、
(遅レスです)

>>71
ミツバチに学習能力があったかどうか、記憶が定かではありません。
詳しい方は教えてくださいませ、ということで。
位置情報のコミュニケーションに太陽の位置を利用するとか、しないとか。。。

>>72
そのお話を聞いて、制御工学を想起しました。
即ち、入力と出力の関係を伝達関数で表すこと、システムの伝達関数を
同定することでシステムをブラックボックスとして表すこと。
これが制御の世界では重要なわけです。
で、ブラックボックスになったシステムについてはそれ以上干渉しない。
外乱入力のようなものは定義されても、システム自体の破綻は論じない。
システムの挙動は、あくまでも伝達関数に基づいてのみ論じられる。
でも、虚無好き氏の仰ることは、このシステムがどうなっているかを
外部からの操作であぶり出してやろうということですよね。
まさしく認知心理学的手法。

そこを、システムを直接測ってやることである程度その内的過程を
探ろうというのが脳計測的手法なわけです。ですが、PCの表面の電位変化を
調べてもPCのCPUが何であるかがわからないのも事実なわけでw、
やはり分解(解剖・電気整理etc.)して調べることもまた必要ということで。

何だか書き散らしただけの冗長な文章になってしまいましたね。また出直します。

※慶應の渡辺先生のお話を聞いた時には、
先生の結論としては「ヒトとハトの脳とは、構造こそ違えども環境に適応しようと
する能力を双方とも持ち合わせている」ということを述べておられました。

113 :虚無好き:01/11/06 21:12
にゃにゃ。
11先生、ひどいにゃ。
わたしは動物認知スレの初期からいるのに、
先生と徹底的行動主義者の主張をとりちがえるようにみられるとはにゃ。
わたしは自発性にふたつの領域があり、
片方は徹底的行動主義と対立するものであり、
もう一方は、行動主義の守備範囲ではないと述べただけにゃ!
先生には失望したにゃ!!!
「主観」には、心理屋先生がなされていたようにハードコアな読み方があり、
11先生のように「わたしはいままで主観でものをみてたんだ」みたいな
とぼけた発言をしているようだと、これからの議論も泥沼にゃ!

機嫌が直ったら、また来るにゃ。

114 :11:01/11/06 21:37
>>112
問題は当のシステムをベルタランフィの古くさい「開放系の動的平衡
システム」としか見ていないという点なのですが。もちろん、この見方は
現在の多くの生物学者の生命システムに対する見方と同じものですが。

>>113
あーなるほど。私は生命の全歴史を規定するような自発性と、個体、
ことに脳をもつ「動物」の行動を特徴づける自発性は連続だと考えて
いるのですよ。前者が神経細胞レベルの自発発火、後者はその神経細胞を
素子として構成された神経ネットワークの活動。そのネットワークの活動も
素子が自発的に活動するゆえに自発的、ということです。

115 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/06 21:53
>>114
>古くさい「開放系の動的平衡システム」
オートポイエーシスもこの一種なんだけど何か。

116 :11:01/11/06 22:02
>>115
んー、たぶん、オートポイエティック・マシンには入力も出力もない、これがコアだ。
ただし、まだ断定はしないよ。もう少し検討する。

117 :pa:01/11/07 03:46
>>66で挙げたようなナビゲーションのメカニズムについて 徹底的行動主義者の方は
>>68 心理屋氏曰く
>行動主義者なら「認知地図と呼ばれるような性質を持つ行動(行動クラス)が存在する」というかもね(笑。

という??・・かりにそうだとしてその認知地図の機能についてはどこまで突っ込んで考察するのでしょうか?
それともブラックボックスにしておくのか。 この辺が気になるところです。
 もう一つ気になるところとしては認知地図を機能としてのみとらえているって立場が
 はたして認知科学と相反するのかどうかってことでして。
 

>paさんのいう「認知地図」はどうですか?イメージとして 現前するもの? それとも「機能」?

現前ってのがなにを意味するのかよくわからないのでとりあえずおいといて。

★認知地図の私の解釈については前スレッドの132番にかいてるとおりで
http://cheese.2ch.net/test/read.cgi/life/1001889167/132

でして,私としては
1・まずは機能としての側面を重視します。つまり
表象といってもとりあえずは エクセルに入力したxy座標ごとの場所の特徴の一覧表のようなものを
持っているという解釈でしょうか。
そしてその一覧をつかって突っ込んだ処理ができる。とか想定してます。

2・でもってさらに私たちがもっているようなイメージをもっているのかどうか?

2の点は気になるところですが,その辺はまだ検証されてるとは言い難いのでしょう。
そもそも検証できるのか?っていう点も気になるところですし。
(もし2があるのなら動物も私たちのような夢を見ているといえるかも・・ドナルド・R・グリフィンは「動物の心」のなかでその可能性について言及はしてますが・・)

118 :pa:01/11/07 03:48
上の 続き

ただし,
そもそも表象という言葉を他者がどうつかっているのかは今ひとつ分からない部分もありまして。
私は1と2と両方の意味で若干あいまいさをのこしてつかってます。
2は希望的な意味合いで,検証するのは1だけになるでしょうけど。

 例えば,
>>49で心理屋氏が
>「ピカソを見分けるハト」でも,ハトに意識があるかどうかはおいても,
ピカソ的特徴の「表象」の存在はまだ否定できないかも。

ですが,以前「並列分散回路とはなにか」という本(かなり昔に知り合いに
借りてよんだだけなのでタイトルは違うかも)に簡単な並列分散回路を
つくり,これをつかって部屋の種類を識別させるってことをやっていた。
するとタイルがあってマットがあって・・という部屋はお風呂として識別し
時計があって,お皿があって・・という部屋は台所として識別。
ではなにがその識別の至近要因なのか?というと今ひとつよくわからない。
なんとなく「台所」という識別がなされているのでは?という状況によく似ている?
などとかかれていたと記憶しております。
 これはおそらく「ピカソの絵」の弁別も同じようにできるとおもいますが,・・

とすると「表象」というのは数十個の端子によるニューラルネットワークですら
もってる可能性がでてくるのですが,この辺はどうなんでしょう?


>>71
>ミツバチって学習はできるんですか?
>>66に挙げた例では環境について学習をおこないそれが行動に
影響を及ぼしてるわけですし,また自由にとびまわりエサを発見したら再びそこに飛んでいくというのは
まさにオペラント学習に相当するようにおもわれますので 問うまでもなく学習できると
おもうのですが・・。心理屋氏の仰る「学習」の意味合いはこうした意味合いとは
異なるのでしょうか?
 

119 :11:01/11/07 04:11
>>91 >>95
今じっくりと読み直しまして、よく分かりました。さまざまなご忠告をどうも
ありがとうございました。

問題はどうも二つあるようです。オペラントの自発等の現象を含め、動物は本来
自発的に活動するものであることを、私はなんとか説明しようとしてきた。これが
一つ。

もう一つは主観的な経験に関する議論で、一つは遺伝的に決定された神経ネット
ワーク構造や眼の色素等々のために、我々の主観的体験の性質は限定されているはず。
狭い波長の光や音波しか感覚器官で捉えられない、我々は鳥のように飛べないために
鳥瞰的な主観的視覚体験が得られない、四枚カード問題、囚人のジレンマなどから
示唆されるように我々の脳の情報処理にはなんらかの偏向がある等々です。
二つ目は、我々はすでに我々の限定された能力の範囲内で外的事象に関するさまざまな
経験を持っているとの前提の上で語るか、そうでないかです。心理屋さんはおそらく
常にそのような経験がないとの前提で語られている。一方、私は常にその経験がある
との前提で語っている(私にとっては経験することが学習が成立していることに
当たる。迷路で自由に探索させるだけでラットはなんらかの知識を獲得している。
これも学習)。この経験があるかないかで主観的な経験も大きく変わるはず。
たぶん、この辺で我々の間に行き違いがあった。

最後は
>徹底的行動主義が否定したがっているのは,行動の
>自発性や,行動の内的過程の存在ではなくて,「行動の意味が内的過程に
>よって定められる」ということなのだと思います。
この問題。確かに行動の意味は環境から与えられる。しかし、その意味を理解する
のはやはり生体(の内部過程)の側だ、というのが私の考え(これがアフォーダンスの
直接知覚の問題に関連してくる)。いくら環境からいろんな意味を与えられても、
生体が気がつかなければ始まらない、のではないでしょうか?

120 :11:01/11/07 04:29
>>117
私は認知地図等を含む「表象」を「機能」というのがよく分からない。
視覚に限って説明すると、今現に我々が見ているものも表象なんですよ。
これは決して外界を反映しているとは限らず、我々が見ているものも視物質や
視力から我々の神経ネットワークのもつ情報処理の癖、偏向による影響を
受けており、その影響を受けたものを見ているに過ぎない。
より狭義な表象は、目をつむった時に想起される像でしょう。
しかし、いずれにしても、私は表象が機能だという意味がよく分かりません。
いったい何をする機能なのか?です。

121 :pa:01/11/07 04:48
>>120 11氏

>しかし、いずれにしても、私は表象が機能だという意味がよく分かりません。
いったい何をする機能なのか?です。

機能という言葉については私はとりあえず「どういう役割を担うか?」
という程度の意味にとっており,

http://cheese.2ch.net/test/read.cgi/life/1001889167/132
,その機能の1つとしてはこういうものがありえる,
と私は解釈しております。
これは,スナップショット仮説,パスインテグレイション,手がかりとの
関連づけ,など だけでは成功しない課題についてこのような機能が必要と
されるといういみで。
もし,私たちがイメージしているような地図を動物も
もっているのならばそれをつかって課題は簡単におこなえるでしょう。


また 「それは表象ではない」というのであればそれは定義の問題でしょう。

122 :11:01/11/07 04:52
>>117
117で挙げていらっしゃる>>66の、マウスが迷路学習でショートカット
する話ね。これ、実は私の大学で私が直接指導を受けたわけではない
別の学部(教育学部)の大先生がなさっていましたよ。その先生は認知
地図の文脈にいらした方ではないのですが、この行動を指して「創造的行動」だ
とおっしゃっていました。実は当時でも学生の笑いぐさでしてね(笑)、
私だって今でも真に受ける気はないのですが、一つの説明であるとは思いますね。
ただ、「創造」を解明するのはやはり難しい・・・

123 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/07 06:02
かなり努力していらっしゃるけど11様は話を進めるというより
自分の定義で理解できるように説明を求めるクセが抜けないですねえ。
祭りの予感……

124 :心理屋:01/11/07 06:42
>>117 paさん。

>>120で11さんが述べておられるような「表象」が,私が言っている
「現前している表象」です。認知地図の問題なら「生体が内部に地図の
ようなものをもっていると考えた方が説明しやすいような行動をする」,
ということが「機能としての認知地図」であり,それだけでなく,
「実際にその生体が地図のようなものを意識上にイメージしている」と
考えるのが「現前する認知地図」です。機能としての認知地図の存在は
私はまったく否定しませんし,行動主義の心理学者もそうした機能を持つ
行動を形成する実験など行っています。

ただ「現前する認知地図」が「機能としての認知地図」の成立に必須なのか,
とくに,「認知地図に従っているように行動する」動物にも「現前する認知地図」
があるのか,ということを考えなくてはなりません。人間の場合は,
駅から家までの道順が「現前する認知地図」としてイメージされるし,
それを実際の地図に書くこともできる,しかし,このことは機能としての
認知地図とは別の過程なのではないか,イメージがなくても機能としての
認知地図は成立するのではないか,ということです。その時には「地図」という
言葉はメタファーと考えるべきだ,と前に言いました。

125 :心理屋:01/11/07 06:43
>>119
環境から行動の意味が与えられた時に,それによって「行動が変化する」
という事実と,「生体がそれに気づく」という事実を独立に測定できるなら,
そういう言い方ができます。つまり,「気づいているが行動は変わっていない」
という実例を(思考実験ではなく客観的な,かつ行動の測定ではないデータで)
示せれば,その主張は冗長ではありません。ふつうは,なにかの刺激によって
行動が変化することを「刺激に気づいた」と呼ぶわけですし,行動の変化
以外に「気づき」の指標はありません。したがって「刺激に気づいたので行動が
変化した」という説明は冗長です。これはウイトゲンシュタイン的な言語分析,
あくまでも「言葉のつかいかた」の問題に過ぎません。

あと,ミツバチの学習ですが,オペラントの自発があるか,結果によって
行動が制御されているかが鍵だと思います。一連の行動が生得的に
用意されていて,外的刺激によって解発されているだけなら,学習とは
呼べません。お気付きでしょうが,もちろんその境界はとても曖昧ですし,
自発できるオペラントのレパートリーは生得的に決まるのですが。

126 :pa:01/11/07 08:34
心理屋氏
>イメージがなくても機能としての
認知地図は成立するのではないか,ということです

これ人間ではどうなっているのでしょう?心的回転実験とか
で考察されてないのでしょうか?

なにか具体的な実験とかご存知ないです?

>>125
>あと,ミツバチの学習ですが,オペラントの自発があるか,結果によって
行動が制御されているかが鍵だと思います。

☆これは
オペラントの自発 と  結果によって行動制御

がorでむすばれるのか andでむすばれるのか?でこたえかたもちがうのでしょうが

まず心理屋氏のいう「オペラントの自発行動」があるということは
学習であるための必要条件なのでしょうか?

>自発できるオペラントのレパートリーは生得的に決まるのですが。
とかかれているようにレパートリーもそうでしょうが、

 ねずみにしろ、はちにしろ動物行動学者からみれば一見ランダムに
みえても「生得的なプログラムの中にふくまれる」
という考え方もできます。例えば,はとの首ふり行動は捕食者への
警戒のために最適歳時戦略に基づき、一定のバイアスつきで「わざ」と360度ランダムに
なるようにプログラムされているという考え方もあります。
こうした考えを拡張とするとそもそもオペラントの自発行動や
ランダムな行動はない?、という見かたになったりしないのでしょうか?
そして心理学者の定義にもとづくところの「学習」などはありえないのか?という疑問がでてきます。

ミツバチについても、最初は生得的プログラムにしたがって
あちこちをできるだけ広く飛び回る
しかしよい餌場をみつけるとそこへと何度も行くように
なる

というのはでは学習とはよべないのでしょうか?

127 :pa:01/11/07 08:38
×最適歳時戦略
○最適採餌戦略
です
時候戦略なんてのがあればおもしろいですが。

128 :心理屋:01/11/07 09:56
>>126

オペラントのレパートリーが生得的に規定される,と言うのはまさにそういうことです。
オペラント条件づけの文脈で「ランダム」というのは,その動物の生育環境,またはニッチの中で,
その動物が(生得的に)学習可能な範囲の中で「ランダム」であるということです。
(生得的にランダムの範囲が規定されているものはランダムではない,というなら,
それは定義の問題です。)

問題は,その「一定の範囲の」ランダムな行動の中から,結果によって選択されて頻度が上がるもの,
または選択されずに頻度が下がるものがあるかどうかです。あれば,学習が成立しています。

ミツバチの例で言えば,広く飛び回ることがある程度ランダムで,「よい餌場」であることが
結果によって判断されること(よい餌場を所与の特徴から判別する機能などが生得的に
あるのではないこと),そして,よい結果を導いた行動(よい餌場へ行くこと)が
そうでない行動より増加すること,があれば,餌場のありかを学習した,ということになると思います。

129 :心理屋:01/11/07 11:43
なお,刺激と刺激の連合の学習はオペラント条件づけではなく
古典的条件づけ(パブロフ型条件づけ)で成立するので,
オペラントの自発は必要ありません。「パブロフの犬」が典型例ですが,
特定の刺激が特定の反応を(受動的&不随意的に)生み出すように
なることは古典的条件づけです。人間ではモノや人の好き嫌いがそう。

130 :脳計測屋(医用生体工学屋) ◆lBrainZg :01/11/07 15:37
>>126,>>128
ただの茶々入れで申し訳ないのですが、
その「ランダム」は言ってみれば擬似乱数のような性質を持つのでは?
即ち、例えば全ての要素が完全に無相関ではなく、ある程度の相関を
持ってしまうような。そして、それは乱数の生成アルゴリズムなりアーキテクチャ
なりに依存する、と。工学屋の発想に過ぎませんが。

131 :名乗るほどのものでわ:01/11/07 15:59
>>130
オペラントのランダム性の背景には、遺伝的・生理的なメカニズム
があるのかもしれないし、そこに興味を持つ人がいてもいいと思いますが、

学習を扱う上で問題となるのは、オペラントの選択確率の変化であって
初期値ではないと思うよ。

そこをごっちゃにすると話がかみ合わなくなるので要注意。

132 :心理屋:01/11/07 16:07
>>131
感謝,まさにその通りです。
たとえば私はオペラントのランダム性は進化を通じて獲得され,
遺伝的に規定されていると思いますが,それはそれです。

133 :脳計測屋 ◆lBrainZg :01/11/07 16:42
>>131
初期値ではなくて、乱数がどのような系列に従うか(例:M系列)、
というような話を想起したのですが。いずれにしてもどうでもよいですね。
無関係な話で混乱させてすみません。

134 :心理屋:01/11/07 16:47
>>133
いや,その考えはそれはそれで妥当なのです。
で,その系列が生得的にある傾向を持っていても,かまわないとおもいます。
また,オペラントの「疑似ランダム」の傾向性が後天的に変化することもあるかも知れません。
ただ,それらについてはまだ研究もないし,確かなことはいえません。

135 :11:01/11/07 16:57
>>125
たぶん、極めて重要な問題が見えてきました。

>環境から行動の意味が与えられた時に,それによって「行動が変化する」
>という事実と,「生体がそれに気づく」という事実を独立に測定できるなら,
>そういう言い方ができます。
簡略にいうと、「気づき」と「行動」は分離できるか?という問題です。
結論から言うと、私はこれらは分離できるし、独立の過程だと考えています。

ヒトでいうと「私のマフラーの色はなんだったか?」という処理を行い、「ああ、
赤だった」と気づく(思い出す、または処理結果を出力する、と言い換えることも
できる)。しかし、だからといって、そのマフラーを着ようという行動(目で見える
出力)には必ずしもつながらないですよね。「気づき」と「行動」が分離できている
でしょう? こういうことはヒトでは自明です。だからこそ、「ああ、赤だった」と
いう、行動としては現れない主観的体験としての処理結果の出力を研究する価値がある。

しかし、徹底的行動主義はこれでは納得しないんですよね。動物で「気づき」と
「行動」を分離して見せよ、という難題を持ちかけてくる。分離できないのでは
その説明は冗長だ、と来る。

では、分離してみせましょう(笑)(私の隠し球の一つです)

上で述べた迷路の話で、自由に探索させるかしないかで後の学習習得に要する時間が
変化する、というのではまだダメなようでしたね。以下はすべて私の経験に基づいて
話しますが、シャトル回避学習というのがあって、ブザーが鳴ったら数秒以内に隣の
部屋に逃げ込んだら電撃から逃げられるという訓練があります。これを1日に100回
訓練してからお休みして、次の日にまた100回訓練する。それから、1日100回の訓練を
10回ずつに区切って分析してみると、1日目の最後の10回の回避成功率より2日目の
最初の10回の回避成功率の方が低下している。まぁ、これは忘却または消去で説明でき
そうな気がしますね。
今度は少し課題を変え、シャトル回避の代わりにレバー押し回避を用います。隣の
部屋に逃げ込む代わりにレバーを押せば電撃から回避できるというものです。そして
同じように訓練して同じように分析する。すると今度は、1日目の最後の10回の回避
成功率より2日目の最初の10回の回避成功率の方が上昇している(!)。これはどう
説明しますか? 1日目と2日目の休息時間は動物は飼育箱に入れているだけで他に
何もしていません。この間に何が起こったのでしょうか?

1日目の最後の方で、動物はレバーを押すと回避できることに気づいた。動物はその
「気づき」を保持し、かつなんらかのインテグレーションを行ったからこそ、次の日の
回避「行動」が向上した、のではないのでしょうか? これ以外の説明を教えて
ください。(なお、シャトル回避とレバー押し回避で成績が異なったのは課題の性質の
違いによるものと考えます)

136 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/07 22:26
シャトルの方が、「忘却または消去で説明できる」なら、
レバーの方は、「忘却または消去が生じずに学習の結果がモロに出た」という説明ではいけないの?

それと、もしそうならば「シャトルの方で忘却または消去が生じたのはなぜか?」っていう方向で別の問題設定もできるよね。

素人のたわごとだったら無視してちょ。

137 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/07 23:30
>>135
シャトルにせよ、レバーにせよ、最後の10回ずつを比較するだけでは意味がない。

重要なのは、1日目の1回目から2回目の計200回目までの、累積的な記録を見る
ことだ。

例えば、レバーの方で、回避成功率のカーブがコンスタントに上昇していると
したら、それは「学習」が生じている途中であることを意味し、1日目より2日目
の方が回避成功率が高いのは当然。

それとも他の所全てが同じで、最後の10回だけが1日目と2日目で違うとでも?

いずれにせよ、シャトル・レバーとも、>>135の情報だけでは何も判断できない。

138 :11:01/11/07 23:49
>>137
>重要なのは、1日目の1回目から2回目の計200回目までの、累積的な記録を見る
>ことだ。
ともすれば、自分の中で分かりきっていると思うことは無意識に省略してしまう、
ということがあるかも知れません。
図示できないので難しいのですが、
シャトル回避は
/  /  /
1日目 2日目 3日目(日内セッションを100/10に分割して表示)
という経過をとりました。縦軸は回避成功率。もちろん全体としては右上がりです。
レバー押し回避は
      /

   /


1日目 2日目 3日目
という経過をとりました。この日間の休憩中は何が起こっているのかという話です。

139 :11:01/11/08 03:20
ちょっと焦点がぼけそうなので、まとめておきます。

>>125でおっしゃった、「気づいているが行動は変わっていない」という実例に
ついては>>135で行った、自分のマフラーは赤いことに気づいても、必ずしも
マフラーを着るといった行動にはつながらない、という例がそれに当てはまる
と思います。

動物では「気づいているが行動は変わっていない」ということを示すことはでき
ないですが、その代わり、>>75で挙げた迷路で自由探索させると後の学習習得が
早まるという例、>>138のレバー押し回避の例は「気づいているからこそ行動が変わる」
ということを明らかに示していると思います。

以上から私は「気づき」と「行動」は独立した過程であることは明らかと考えており、
「気づき」と「行動」を分離できないものとしてそれ以上踏み込もうとしない徹底
的行動主義を見限ったのです。もう17年前の話です。>>138で示したのはごく基礎的な
データに過ぎないし、当時すでに私は徹底的行動主義は破綻したと思っていました
からわざわざ発表する必要もないと考え、データは自分の肥やしにしています。
なお、先に述べた放射状迷路の実験はこの後に行ったものです。

さて、これからどう進めますか? 今ここで書き込んだことで異論がなければ私は
黙っています。

140 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/08 06:23
異論がないんじゃなくて、心理屋氏の提示した問題と、11の議論が関係ないんだよ。
マフラーの例も、マフラーの色への気づきとマフラーを着ること
はもともと関係ないでしょうが。心理屋氏が求めているのは
たとえば誰かがマフラーを着るべきだと気づいているが、
着てはいないということを、外的指標から確認できるかって話だろ。
ラットの例でもラットの行動は実験セッティングで全部記述
できちゃってるじゃない。その証拠に、気づきと言うことを全然
考えなくても追試できるでしょう? むしろ気づくと言う言葉が冗長だと言う
典型的な例になっちゃってるよ。心理屋氏が求めているのは「気づき」
そのものを示す指標を明確にして、それが行動と独立であることを示せ、
という話でしょう? 

141 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/08 06:29
11が黙っている、ということには激しく賛成。

142 :pa:01/11/08 07:34
 細かい点をつつくようで申し訳ないです。 やはりきになるのは
「自発性」と「ランダム」という言葉で

「自発性」については生得的なプログラムにしたがっていても
かまわないということであればそれはさておくとしても

>>132
> たとえば私はオペラントのランダム性は進化を通じて獲得され,
遺伝的に規定されていると思いますが,それはそれです。

とすれば「一見ランダム」にみえるが,じっさいには
>130 :脳計測屋(医用生体工学屋) ◆lBrainZg :01/11/07 15:37
>>126,>>128
ただの茶々入れで申し訳ないのですが、
その「ランダム」は言ってみれば擬似乱数のような性質を持つのでは?
即ち、例えば全ての要素が完全に無相関ではなく、ある程度の相関を
持ってしまうような。

というような状況かもしれない。で心理屋氏は
>>131
> たとえば私はオペラントのランダム性は進化を通じて獲得され,
遺伝的に規定されていると思いますが,それはそれです。

というわけですし。

また,
>>131
>学習を扱う上で問題となるのは、オペラントの選択確率の変化であって
初期値ではないと思うよ。

という意見にしたがうならば,動物が自然状態で(野外で暮らしているときにという意味)
見せる「行動パターン」が環境要因によってどのように変化するか?
ということが問題になってくる,とも考えるわけであり。

とすると「ランダム」という言葉よりは
「行動パターン」と言い換えた方が語弊がすくないのではないか?とも
おもわれます。もちろんFAPのようなものについては例外とかんがえる
べきものもあるでしょうが。
 動物行動学的,行動生態学には,行動には
なんらかの生得的なバイアスがかかっているとまず
うたがってみる傾向があるために,「ランダム」ということばはほとんど
でてこないということもあり,「ランダム」という言葉をつかわれると
どうも語弊があるように考えられ,なんとなく違和感を感じるのですね。
まぁ単に言葉の問題ですが。

細かいところをつつくようで申し訳ない。

143 :pa:01/11/08 07:47
ちょっと引用にミスが。
>たとえば私はオペラントのランダム性は進化を通じて獲得され,
遺伝的に規定されていると思いますが,それはそれです。
の部分は>>132です。
申し訳ない。
あと>>126については
>>129
>なお,刺激と刺激の連合の学習はオペラント条件づけではなく
古典的条件づけ(パブロフ型条件づけ)で成立するので,
オペラントの自発は必要ありません。
ということからミツバチの学習についてもいろいろな
学習はありえるというのはアリでしょうが
 とりあえずは
>>125
>ミツバチの学習ですが,オペラントの自発があるか,結果によって
行動が制御されているかが鍵だと思います

★をうけてオペラントについてのみの質問に限定させてもらいました。

144 :心理屋:01/11/08 08:48
>>142
私はpaさんの理解には別に反論はありません。私は,オペラント条件づけというのは
進化による種全体(個体群ですか?)の環境への適応では対応できない
環境のフローに,個体がそれぞれ対応するためのしくみだと考えています。
すべての個体が直面するような「固い」環境条件には進化によって
適応し,それでは対応できないような変動的な環境条件にはオペラント条件づけで
個体ごとに適応するわけです。(逆方向へのフローにも対応するために,条件づけには
「消去」というしくみも組み込まれています。)

したがって,オペラント行動が「ランダム」であるとは,その種が生きるニッチを
前提として,そこで適応に役立つ範囲の中で,さまざまな環境フローの可能性に
対応できるだけの多様性をもつ,という程度の意味でよいと思います。
それはランダムとはいわない,というのであれば別の言葉でもよいでしょう。
それでも,その「範囲」の中では個々の行動レパートリーがオペラントとして
出現する確率は初期値としてはそれぞれ同じで,その確率が行動の結果によって変動する,
ということだけが重要です。

「行動パターン」という言葉は,われわれはむしろ条件づけによって形成された
行動に対して使うことが多いです。自発されたオペラントが,その結果によって
ある「個体の適応において特定の意味をもつ」行動パターンに形成されていく,
というイメージです。これは用語法の問題に過ぎませんが。

145 :pa:01/11/08 09:43
>>144
心理屋氏

なるほど,なぜ用語に違いがあるのかなんとなくわかりました。

動物行動学,行動生態学的には(私の解釈する範囲ですが)
動物の行動にはなんらかの生得的プログラムにのっとったバイアスがあり,
したがって
「オペラントとして出現する確率が初期値としてはそれぞれ同じ」にはならないだろう。
むしろ生息する環境に初期値としてはあるていどあわせて調整されているだろう
とまず考える部分があるのではないだろうか。

例えば,ミツバチは湖面の上を跳ぶのをいやがったりと場所によって跳ぶ頻度がことなります。
したがって探索行動も最初から「ランダム」ではなく,一定のバイアスがついてる
わけですね。


> 「行動パターン」という言葉は,われわれはむしろ条件づけによって形成された行動に対して使うことが多いです。

 動物行動学ではまずエソグラムをつくりますので,野外で動物がどのように
ふるまうか,をその究極要因(役割)はさておいて
「どのような行動パターンをしめすか?」のように考え至近要因から考え始める
わけで,そういういみでは「行動パターン」という言葉は心理学的な文脈ではかえって語弊を
招くわけですね。

おそらくこれまでの文脈からかんがえるとこのオペラント行動のレパートリーについても
「初期値としてはそれぞれ同じ」である必要も
かならずしもないのだろうと思います。ようするにそのありようが
経験によってどのように変化するのか?というわけだと。


★ところで 学習について
「強化」という言葉がよくでてきますが,この言葉は
どのような意味合いでつかわれるのでしょうか?
私はオペラント学習などから「エサなどの報酬」あるいは「罰」を
想定したりするのですが。

あと,たとえば,鳥のさえずりは
感受器にモデルとなる成熟個体の囀りをきき,
その後しばらくして自分で囀りはじめいろいろなバリエーションを
さえずったあと,そのモデルとなる個体の囀りに近い囀り
へとかわっていくことが知られています。

これを指して「い型学習だ」と呼ぶ場合があるのですが
これは強化による学習に分類されるものなのだろうか?など
(小西正一 小鳥はなぜ鳴くのか などを参照しました)

少しスレッドの本旨からはずれてしまい申し訳ないです

146 :心理屋:01/11/08 10:04
>>145
以下のようになります。

強化   → オペラント行動に対してそれが結果として与えられる(随伴する)ことで
       同種の行動の頻度を増加させるような刺激パターンのこと
        @正の強化 餌など(好子)が与えられることが行動の頻度を増加させる
        A負の強化 苦痛など(嫌子)が除去されることが行動の頻度を増加させる
罰(弱化)→ オペラント行動に対してそれが随伴することで,同種の行動の頻度を
       減少させるような刺激パターンのこと
        @正の罰  嫌子が与えられることが行動の頻度を減少させる
        A負の罰  好子が除去されることが行動の頻度を減少させる

前にもいいましたが,このとき,どのような刺激パターンが強化または罰になるかは,
それを随伴させた時に行動の頻度が増えるか減るかでしか判断できません。
これが,強化や罰の概念が再帰的(トートロジーである)であるという意味です。
何が強化になり,罰になるかがたとえば生得的な要因から説明できれば,トートロジーでは
なくなりますが,それは現在は難しいです。たとえば人間にはそれについて
すごく大きな個体差がありますから。

147 :心理屋:01/11/08 10:22
それでも,ある個体にとって強化であることがひとたび確認された刺激パターンは,
その個体の別の行動にも強化として働く可能性が著しく高いですし,罰も同様です。
したがって「実用上」はその概念が再帰的であることは特に問題ではありません。
臨床場面では,行動のコントロールを実行する前にそのクライエント(個人)にとって
何が強化となり,罰となっているかを注意深く分析することが有用です。

148 :PA:01/11/08 10:33
>>146 心理屋氏 ども
なるほど 強化という言葉は要因というよりは結果としてもちいてるわけですね。

たとえば,先にあげた小鳥のさえずりでの「鋳型学習」をするときは
1最初はまずいろいろなさえずりをだしてみる
2最初にきいた成熟個体のさえずり+生得的な枠 いわゆる 鋳型 にあうものが次第に選択されていく
3やがて成熟個体のさえずりとおなじようにさえずるようになる
(この過程がないと鳥のさえずりはへんなふうに発達するらしい)

という過程においては,小鳥のさえずりは結果として強化され,このときは,
小鳥の内的ななにか(成熟個体のさえずりをきいてできた脳内の
神経生理学的変化にもとづく制約とかか?)が強化に関係している?くらいにいえるわけでしょうか。

149 :心理屋:01/11/08 12:10
>>148
うーんと,ちょっと難しいです。小鳥のさえずりが,そのさえずり自体が
引き起こす結果(たとえば,あるさえずりに対してだけ成鳥が返事するとか)
によって選択されていく,あるいは,成鳥のさえずりと自分のさえずりが
「一致すること」が強化になる,とかが確認されれば学習ですが,たとえば
聞こえた成鳥のさえずりに近似するようにじぶんのさえずりを修正していく
アルゴリズムが生得的に用意されている,とかだと,それを学習と呼べるかは悩みます。
「後天的な経験による行動の変化」という意味では学習に当たらないことはないですが,
それだと「刷り込み」も学習になってしまいます。ふつうは,刷り込みは学習とは
考えないですよね。

あと,学習と呼べるためには消去の可能性があることも重要です。
たとえば一度ある成鳥のさえずりにあわせてさえずりを形成した小鳥が,その後別の
成鳥のさえずりに合わせてさえずりを変更する,というようなことがあれば,
学習と言える可能性が高まります。いずれにしてもこの辺はグレーゾーンです。
うまいところを突いてきますね(笑。

150 :(^o^):01/11/08 18:02
おっほっほっほ,見えてきたわね.11さんのおっしゃる自由探索に
よる後の迷路学習習得時間の短縮,マフラーの例,paさんがあげる
ミツバチが湖面の飛行を嫌がる例,さえずり学習,虚無好きさんの
言語の習得の問題,これはみんな,あたしたちの内的過程,つまり
神経系が行動を支配しているしくみをなんとか明らかにしたいとい
う気持ちを表現したものよ.でも,心理屋さんはとうとうこのこと
に気がつけなかった.可哀想な人だわ.

学習はね,強化がなくても生じるのよ.迷路で自由探索させると迷
路学習が早まるというのは明らかに自由探索で学習が生じているの
よ.でも,その学習には強化はないわ.鳥のさえずりの「鋳型学
習」もそうだし,刷り込みも学習よ.
学習と呼ばれる行動の変化はその行動の結果得られる強化(好子)
によって支配されるというのは皮相的な見方よ.学習が生じるとい
うのは,あたしたちの神経系でなんらかの変化が起こるということ
なのよ.

paさんの
>>145
>例えば,ミツバチは湖面の上を跳ぶのをいやがったりと場所によ
>って跳ぶ頻度がことなります。
>したがって探索行動も最初から「ランダム」ではなく,一定のバイ
>アスがついてるわけですね。
これは面白い例だわ.詳しく紹介していただけませんか?

151 :名乗るほどのものでわ:01/11/08 18:44
おひおひ、自作自演くさいなー けっこうマトモなスレだったのに(笑)

「内的過程=行動を神経が支配してるしくみ」とか、平気で使うところなんか
まったく。。。(笑)認知心理学で使う内的過程には、そんな意味はねーぞ。

それにな「あたしたちの神経系でならかの変化が起こる」なんていう言い方は
なーんにも言ってないのと同じだろ?生物が活動してる時は、常に神経系の
なんらかの(笑)変化が起こってるんじゃないの?

個体のすべての学習に「強化」(狭義の意味での物理刺激・環境刺激)が
随伴してるかどうかは別にして、すべての学習に「強化」が随伴しない
ってのは、明らかに間違いだと思うし、神経系の可塑性が大脳生理学的には
学習の基盤と考えられるということと、オペラント型の学習には強化が
随伴するということは、相反することでわないと思うよ。

それに、鳥のさえずりだの、インプリンティングを「学習」だっつーのには
相当抵抗感があるんだが、その発想で言うところの「学習」ってのは
いったいどーゆー定義なのだ?

152 :虚無好き:01/11/08 18:44
なんだか本格推理の解決篇みたくなってきたにゃ。

言語習得のうち、音素の獲得については、
成人になった時点で必要のない音素は発音できないばかりでなく、
弁別も不可能になってるにゃ。よくあるlとrの問題にゃ。
これは、負の刺激(罰)がないのに認知が退行するという例にゃ。
このばあい、lとrの弁別が可能であっても、
日本語の音素の弁別になんの影響も及ぼさないということに注意してほしいにゃ。
これは、コントラストの問題ではないにゃ。
英語の発音を勉強したら、日本語がききとりにくくなったという話はきいたことないにゃ。
唯一の説明は、情報処理を軽くするという経済的な問題だけども、
それでもこの現象の「自発性」だけは否定できないにゃ。

音素の獲得あるいは失認は、行動主義的には学習なのかにゃ?

153 :名乗るほどのものでわ:01/11/08 18:58
>>152 虚無好きさん

退行というからには、一度は(言語としての)発音能力や弁別能力を
獲得したという理解でよろしいですか?
言語獲得以前の乳幼児期に、すべての音素を発する能力を持つという
ことが、すなわち言語としてすべての音素を発する能力を獲得している
とは思えないんですが?

それから、母語にない音素の発声や弁別に関しては、
成人になった後でも学習によって獲得可能なのでわないですか?

154 :虚無好き:01/11/08 19:35
二重書き込みだったら、スンマソ。
いちど失敗すると、よくありがちなのにゃ。

生成音韻論というのがあって、アプリオリにはいえないんだけどにゃ。
ふつうの推論として、幼児にはすべての音素を「公平」に獲得する能力があるにゃ。
このことは、すくなくとも音声をすべて識別する前提がないと、不可能にゃ。
そしてひとつの音素体系を獲得するということは、
非常に大きなバイアスを獲得したものと考えられるにゃ。
いいかえれば、外国語学習のさい、この普遍的な識別能力を、
部分的に再獲得しなければならないにゃ。
ご存知のように北京語では、kとgの弁別が、
有息音と無息音で行われるけどにゃ。
両方とも「k」に聞こえることは事実にゃ。
しかし、乳児は自然な推理により、そのようなバイアスはないと思うにゃ。
だとすれば、失認といういい方もそれほど無理はないと思うのにゃ。
母語の獲得と、第二言語の獲得は、
意味論、音韻論、語用論すべてにわたって、異質であると思うにゃ。

155 :(´∀`):01/11/08 19:37
にゃっほー。続スレがあったとは知らなかったのにゃ。
虚無好きセンセ、言語学板にあった
>心理学者には、生成文法はミソクソにいわれてるにゃ
ってのはどのあたりにゃ?(レスしてる暇はないんだけどにゃ)

156 :虚無好き:01/11/08 19:50
いまBOB先生と対決中なのにゃ。
ミソクソはいいすぎだけど、
あんな議論の意味がどこにあるかくらいは言ってるにゃ。
わたしは、擁護する義理まではないにゃ。
お疲れさまにゃ。さげにゃ。

157 :名乗るほどのものでわ:01/11/08 19:59
>>154 虚無好きさん
言語獲得前の乳幼児であれば、その乳幼児の成育環境で
用いられている言語の発声と弁別を獲得すると。。。
で、それは乳幼児の遺伝的・生理的条件には依存せずに
ひたすら生育環境に依存するからには、もともと乳幼児には
すべての「音素」を獲得する能力があると。
ここまでは、OKなんですが、

ご自身がおっしゃっているように、ひとつの言語を学習し
獲得するということは、発声上も弁別上も意味処理上も
大きなバイアスを獲得するわけです。

で、このバイアスを獲得してこそ、言語を習得したと
言えるわけで、とすれば

>>153「言語獲得以前の乳幼児期に、すべての音素を発する能力を持つという
ことが、すなわち言語としてすべての音素を発する能力を獲得している
とは思えないんですが? 」ということになりませんか?

だとすれば獲得もしていないものに、失認とか「認知が退行」といった
言い方はおかしいと思います。

一つの言語体系を獲得することが、他の言語体系の学習に対して
妨害的に働くという表現であれば納得できますが。

ところで、>>152『それでもこの現象の「自発性」』の
「この現象」と「自発性」って何のこと?

158 :(´∀`):01/11/08 20:13
>あんな議論の意味がどこにあるかくらいは言ってるにゃ
ではそう発言した人に訊くにゃが、「あんな議論」とはどんな議論のことにゃ?
(喧嘩ふっかけてるのではなく、素直にご意見拝聴にゃ)

159 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/08 20:16
んーとね、
専門外なんだけどたまたま学生時代にちょびっと勉強したことがある内容なんだな。

>>152
>音素の獲得あるいは失認は、行動主義的には学習なのかにゃ?

行動主義的なのかどうかは知らないけど、「学習」の影響はあるみたいなんだな。
音素についてのcategory perception(だったと思う)の研究っていうのがあって、
はじめはチョムスキー的な生得説を支持するものだったけど、
やがて、いくつかの証拠から、生得説を疑問視する声が出てきたんだな。
でも、手元に資料がないし、詳しいことも忘れちゃったんだな。

160 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/08 20:27
横レス失礼。

>>152
>言語習得のうち、音素の獲得については、
>成人になった時点で必要のない音素は発音できないばかりでなく、
>弁別も不可能になってるにゃ。よくあるlとrの問題にゃ。
>これは、負の刺激(罰)がないのに認知が退行するという例にゃ。

一度はlとrの弁別を「学習」したが、その能力を生かす機会がなくて
(強化されなくて?)「消去」されたってことじゃないの。

「罰」以外にも「消去」でも行動は減少するはず。>>144

心理屋氏、違っていたら訂正求む。

161 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/08 20:39
>>160
日本人の場合、そもそもlとrの弁別を「学習」することはあり得
ますか?

>「罰」以外にも「消去」でも行動は減少するはず。>>144
じゃ、さえずり行動のように「強化」がないのに行動が増加するのは
どう考えますか?

162 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/08 21:01
んーとね、
rとlの弁別の問題も、生得説よりはむしろ学習説に有利な事例として取り上げられていたと思うよ。
音素の弁別じゃなくて、単に音の弁別をしているだけなんじゃないかな。
音声言語が生まれたのは聴覚器官や発声器官の進化によるものだろうけど、
聴覚器官自体はたぶん言語とかコミュニケーションとかとは無関係に進化したってこと。

それからね、おいらは別に行動主義に義理があるわけでも恨みがあるわけでもないんだけどね、
発声行為っていうのはね、それ自体が強化をもたらすと考えていい証拠がいくつか出ていてね、
「強化がない」かどうかは断言できないんだな。
うん、だいぶ思い出してきたぞ。
発達心理学や生態学の方では生態学的強化って呼ぶことがあったな。

163 :心理屋:01/11/08 21:02
呼ばれて飛び出て,じゃないですが(古いねー)。

>>152 >>160
オペラント行動は強化されると増加し,強化されなくなると
オペラント水準(「ランダム」な生起確率)に戻ります。これが消去。
一方,罰が与えられると,その行動の生起確率はオペラント水準より
下がります。

音素の獲得(心理業界では獲得といった時点で学習という意味なので
ちょっと変な感じですが)の問題でも,たとえば音素の弁別が最初は
できなくて,経験によって徐々に獲得されるが,ある言語に固定して
ある一定のクラスしか以外は使わないと,他のクラスはオペラント水準に
戻る(偶然のレベルでしか弁別できなくなる)のなら,消去という可能性が
あります。

しかし,もともとすべて弁別できるのに,一定の言語に固定されると
そこで用いるもの以外は弁別できなくなる,というなら,学習以外の
生得的な過程が働いているかもしれません。ただ,そう考えるためには
ある音素の弁別が他の音素の弁別を妨害しないことが確認されている
必要がありますが,確認されているんですよね?

164 :虚無好き:01/11/08 21:08
全然レスまにあわないにゃ。
とりあえず獲得はaquisitionで、
言語獲得が学習かどうかは、生成文法の核心的な争点にゃ

165 :虚無好き:01/11/08 21:10
>確認されているんですよね?
当然にゃ。
メリーカリキマキ(ハワイ語)にゃ。

166 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/08 21:11
ふむふむ。いや、日本人ではrとlを弁別する機会がないから学習
しないと言ってるだけで、だからといってべつに生得説を支持している
わけではないよ。

なるほど、発声行為自体に強化がある、か・・・。たぶん、自由探索
行動自体もそれで何かを発見することが強化になると言うんだろうなぁ。
うーん、ちょっと考える余地ありだね。

167 :心理屋:01/11/08 21:12
>>161
さえずり行動に強化がないかどうかはまだわかりません。paさんに
もう少し話を聞かないと。ほんとに強化がないなら,学習ではない
可能性がありますね。

>>162
あ,続けて書こうと思っていたことを先に書かれてしまった。感服です。
強化の概念は再帰的だが,生得的にそれが定まるならそうでないと
前に書きましたが,食物や性交などはほとんどの動物でそれにあたります。
また,たとえばハトなどでは「視覚情報量の多さ」(視野にいろいろなものが見える
こと)が強化になることがわかっていますし,馬が木や柵などに噛み付く行動では
歯への圧力刺激が,鳥の類いではくちばしでなにかをつつくことが,それぞれ
強化になることがわかっています。11さんの挙げた迷路探索でも,そうした
生得的な強化が探索行動を強化している可能性は大ですし,発声行為も同様です。
生態学的強化という言葉は私は知りませんでしたが,うまい言い方ですね。

168 :虚無好き:01/11/08 21:20
>音素の弁別じゃなくて、単に音の弁別をしている
わたしも生成音韻論に詳しくないので、表現には苦しむんだけど、
上の区別は重要にゃ。
音声を音響として聴くことは、非常に難しいにゃ。
そしてこれを、異なる機能をもつモジュールが行っていると考えれば、
一方への入力もしくは出力は抑制されていることになるにゃ。
これが機能的には失認と表現したものにゃ。
が、失認という表現は不適切みたいにゃ。

169 :虚無好き:01/11/08 21:27
>一度はlとrの弁別を「学習」したが、その能力を生かす機会がなくて
>(強化されなくて?)「消去」されたってことじゃないの。
これが最初に音素獲得にふれたあと、
最初に予想された反論にゃ。単純なことだけど、反論難しいにゃ。
弱化の要因としては、コトバが通じにくい、従って食べ物が手に入らないなどいろいろあるにゃ。
ちょっと考えるにゃ。

170 :心理屋:01/11/08 21:28
>>166
ちょっと考える余地あり,というのを先読みしますが,
たしかに,自由探索行動が強化となって自由探索行動が生じている,
というだけだと,そこでは「強化」という概念自体が冗長に
なってしまいます。自由探索行動が強化であるかどうかは,それが
他の行動を強化する力を持つかどうかで確認できます。たとえば
あるオペラント行動が生じたあとに,その個体に自由探索行動を
させると,そのオペラント行動が増加するなら,自由探索行動が
強化になっていることが確認できます(もちろん,確認されています)。
それが確認できたら,自由探索行動がその行動自体によって強化され,
維持されているということは少なくとも冗長ではなくなります。

一般に,その動物がほっておいても「自発的に」高い頻度で行うような
行動は,それより頻度の低い他の行動を強化する力をもちます。
これは「プレマックの原理」と呼ばれます。
自由探索行動は多くの動物において典型的な「頻度の高い行動」ですから
確実に他の行動を強化する力を持ちますし,その行動自体をも強化する
可能性があります。

ただ,その行動がその行動自体を強化しているという言い方はやっぱり再帰的です。
その行動のどの要素が,どういう仕組みで強化を生んでいるのかはいずれ
解明しないといけないでしょうし,それは「内的過程」に属する話でしょうね。

171 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/08 21:29
>>167
>ほんとに強化がないなら,学習ではない可能性がありますね。
ということは、強化のない行動変化は学習とは呼ばない、ということ
ですか?
じゃ、「学習」の定義からして心理屋さんと多くの生物学者とは違う
可能性もありますね。

172 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/08 21:40
>その行動のどの要素が,どういう仕組みで強化を生んでいるのかはいずれ
>解明しないといけないでしょうし,それは「内的過程」に属する話でしょうね。
結局、心理学(徹底的行動主義)では「内的過程」は研究対象にできな
いということでよろしいか?

173 :心理屋:01/11/08 21:48
>>171
ちょっと私の言い方が悪かったです。それは「強化」の考え方にもよります。
それをオペラント条件づけにおけるそれだけに限れば,学習はすごく狭義になります。
(そう考える人も実際にいるかもしれない..........)
しかし,われわれは普通もうひとつの「強化」を含めて考えています。
それは古典的条件づけ(パブロフ型条件づけ,条件反射)における「刺激の対提示」です。

パブロフの犬では,餌がだ液の分泌を引き出す,という無条件(生得的)な関係がある時に,
餌とベルの音を繰り返し対提示したところ,ベルの音が餌と同じ力を持つようになって,
餌が引き出していたのと非常に近いだ液の分泌を生じさせるようになります。このとき
ベルの音を条件刺激,ベルの音によって出ただ液を条件反応(条件反射)といいます。
この時に,餌とベルの音を対提示する(それによって条件反応を形成する)ことも
多くの心理学者が「強化」と呼びます。(パブロフ自身はそうは呼んでいないと思う,たぶん。)
ですから,ある刺激と別の刺激が対提示されることで,刺激が新しい意味を獲得するような
現象では,オペラント条件づけでいうような強化がなくても学習が生じています。
言語学習における単語の意味の学習はこれ(単語とレファレントの対提示)によって
生じる(場合がある,笑)と考えられます。

そして,心理学者が学習と考えているものは,これら(オペラント条件づけのそれと
古典的条件づけのそれ)の強化によって行動が獲得されたり,変化したりすることだといえます。
これなら,刷り込みは学習とは言えない,という意味がわかってもらえるでしょうか?
刷り込みはたしかに後天的な経験によって行動が形成されるけれど,それは生得的な過程が,
ある(条件が生得的に規定されている)刺激によって解発されるものです。ただ,刷り込みが
学習ではない,ということにはそれほど固執することはできません。これもグレーゾーン。

174 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/08 21:50
>>172
11って書かなくてもみんなが11だってわかっちゃうんだから
11って書こうよ。

175 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/08 22:03
11さんにとって徹底的行動主義はルイセンコ学説みたいなものなんですね(w
http://www.geocities.com/minatsukojima/tane/20001121.html

176 :心理屋:01/11/08 22:09
今日最後になりますが>>173への補足。
心理学ではふつう学習を「経験による行動の獲得や変化」と定義します。
これは生物学のそれと大きくは変わらないでしょう。ただ,心理学者の
多くは,学習の仕組み(過程)である「条件づけ」を古典的条件づけと
オペラント条件づけに分類し,それ以外を特に考えていません。また,
考えるに価する条件づけの新説も今のところありません。

で,どちらの条件づけも「強化」をその主要原理としますから,
強化がないのに起きている行動の変化は学習ではないと考えるわけです。
っていうか,行動の獲得や変化があったらかならず強化があるはずだと
考えて,強化を特定する努力をして,それでも強化が見つからなかったら
学習ではない可能性を考える,というのが正しいでしょうか。

ではおやすみなさい。

177 :名乗るほどのものでわ:01/11/08 22:14
>>168 虚無好きさん
「音声を音響として聴くことは、非常に難しいにゃ」というのは、
既に言語を獲得したヒトに限定してということでは?

言語獲得前の乳幼児が、言語を言語として聴くというのは矛盾してるよね。
仮に「異なる機能をもつモジュールが行っていると」考えて、
発達的には、母語に暴露された環境下で母語に特化した音声処理のモジュール
を獲得すると考えられるでしょ。
だとすれば、母語にない音素はうまく処理出来ないことも、システム的には
当然あっていいことだと思います。

自由探索行動の件について、なんだけど、迷路学習に使うのと
同じ迷路を自由探索させたんだっけ? それとも別の迷路?
同じ迷路を使ったんだったら、先行経験が後続する学習に有利に働いた
っていう考え方も出来るのでわないかな?
逆に違う迷路を自由探索させたんだったら、「プレマックの原理」で
説明できると思うけどさ。。。

178 :11:01/11/08 22:36
そうですよ。まさに私は徹底的行動主義をルイセンコ学説になぞらえ、
早晩、排除されることになると考えています。

>>170
>強化を特定する努力をして,それでも強化が見つからなかったら
>学習ではない可能性を考える
こんなことは建前に過ぎない。実際に彼らがしていることは無理やり
何かを強化にこじつけるだけ。彼らは動物行動学から来た知見を受け
入れるのに非常に抵抗したはず。現在ではしぶしぶそういうこともあると
して許容しているだけ。

>>177
>言語獲得前の乳幼児が、言語を言語として聴くというのは矛盾してるよね。
まさに人の話す言葉を言語として聞く能力が生得的に備わっている可能性が
ある。またそのモジュールは生得的に階層的に構成されていると考えれば
問題は起きない。

迷路学習については
>同じ迷路を使ったんだったら、先行経験が後続する学習に有利に働いた
>っていう考え方も出来るのでわないかな?
これで説明できたと思うわけ? その先行経験はどこにあるの?どういう
形で存在しているの? 我々はこのことに関心があるんですけど。

179 :虚無好き:01/11/08 22:55
>母語にない音素はうまく処理出来ない>>177
というのは正しいし、
母語が第二言語の学習の阻害要因になることも正しいにゃ。
ただわたしがいおうとしたことは、それ以上のことにゃ。
Merry Christmas が、なぜメリーカリキマキと「聞こえる」のか、
またなぜ英米人が「肩」「勝った」が両方/kAta/に「聞こえる」とかにゃ。
(これは言語報告が有効なら、検証可能な問題にゃ。)

これは、この板では評判の悪い「心的表象」にかかわる問題にゃ。

180 :名乗るほどのものでわ:01/11/09 00:31
>>178
君ね、相変わらず針小棒大なモノの言い方するのは直したほうがいいと思うよ.
とりあえず、言語として聞く能力が備わっていた方が、より説明しやすい現象を
示してよ.言語獲得以前の乳幼児が言語処理をしてるっていうevidenceはあるの?

で、迷路学習だけどね、先行経験ってのは自由探索行動のことに決まってるじゃん.
自由探索行動の後の方が迷路学習の成績が良かったんでしょ?
迷路学習に使った迷路と、自由探索行動させた迷路が同じ迷路だったら、
自由探索行動という経験が、迷路学習に促進的に働いたって考えられるじゃない.

だったら、自由探索行動させる時間を変数にして、迷路学習の成績との関数関係を
検討するとか、調べる手はいろいろありそうだけどね.

181 :159=162:01/11/09 01:28
>>178
>まさに人の話す言葉を言語として聞く能力が生得的に備わっている可能性が
>ある。
んーとね、さっきも書いたように、そうでもないらしいという証拠はふえているわけね。
しかも人間以外の動物も人間の言語音のカテゴリー知覚は可能らしいんだよね。
それ以外にもたくさんあるはずだよ。

182 : ◆lBrainZg :01/11/09 01:34
言語野は、出生後になってから発達するものだと思っていたのですが。
アヴェロンの野生児の例は、それを欠いた例として引用されますね。
(あまりにも古典的過ぎてここで引き合いに出すのは気が引けますが)
脳の可塑性を論じる時には、言語野が最大のターゲットになるはずでは?

183 : ◆lBrainZg :01/11/09 02:11
舌足らずになったので>>182に補足。

つまり、ヒトが他人の話す言葉を言語として聞く能力が先天的に
備わっているかどうかは保証の限りではない、ということで。
ヒト以外の動物がヒトの言葉を理解しうるということは、
例えばアイちゃんの例(これまた安直な引用ですが)がありますよね。
基本的に言語関係は複雑なので、僕はこれを脳と絡める議論は
なるべく避けたいと考えております。。。

184 :11:01/11/09 06:20
>>181
>んーとね、さっきも書いたように、そうでもないらしいという証拠はふえているわけね。
>しかも人間以外の動物も人間の言語音のカテゴリー知覚は可能らしいんだよね。
ふむふむ。でも1行目と2行目は無関係だよね。
1行目はヒトに関することで、そうでもない証拠が増えているということはチョムスキー
帝国(笑)の面積が狭まりつつあるということだよね。
2行目は動物に関すること。べつにあってもおかしくないよね。聴覚に関しては聞き取れる
周波数帯域さえ重なっておれば十分あり得ることでしょう。ヒトの発声がせいぜい
100-1,000Hz止まり(数字はいい加減)だとして、可聴域が2,000Hz以上の動物では
起こらないわな。

>>183
>つまり、ヒトが他人の話す言葉を言語として聞く能力が先天的に
>備わっているかどうかは保証の限りではない、ということで。
ちょっと違うんだなー。後天的な要素があることがたくさん見えてきたという
ことと、先天的な要素があることは保証されないというのとは違うでしょう?
でも、私も言語にはあまり深入りしたくない。そこは言語学者さんにお任せ。
それと、私は言語にしろ何にしろ、生得的かどうかという議論にはあまり興味がないなぁ。
もちろん話を聞くだけなら面白いけど。

185 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/09 06:36
>>178
心理学者にとって、強化を見つけるというのは、同じ行動や
機能として相似の行動を強化によって形成できる、という
証拠を示すことだけど、これは「こじつける」ことなのかな?
そうだとしたら、動物と人間の行動の連続性を示すような
生態学的なevidenceもすべてこじつけということにならないか?
こじつけだと言うなら、強化によって作られた行動と、自然状態で
生じている行動が似てはいるが違うのだ、ということを示す必要があるかな。

たしかに昔の行動主義者は、学習による行動の可塑性を極度に強調して、
種によって異なる生得的な傾向を考慮しなかったのは事実だ。昔の
人たちはマウスならマウス、ハトならハト、人なら人と特定種の被験体
だけを相手にして実験してたし、行動療法でも相手にするのは人間だけ
だから、それを考慮する必要はあまりなかったんだ。でも最近は動物行動学
などの知見もごくふつうに取り入れるようになってるよ。すでに改善されて
いることを昔はこうだったって批判することがなりたつなら、化学なんて
所詮は錬金術じゃないかとも言えるが、それを化学者が真面目に聞くか?
11の17年前の知識でいまの心理学は語れないよ。

186 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/09 07:10
>>185
心理学的には強化というのは要するに行動によって得られる刺激のようですね。
じゃあ、強化がなくても行動の変化は起こりうると考えられますか?

187 :11:01/11/09 07:35
>>185
刺激が行動に先行しようが、強化として行動の後に来ようがどちらでも
いいんだけど、私は行動が刺激によって引き起こされたり強められると
いう考えに疑問を感じているんだけど。

私のいう「生命は自発的」が元々言おうとしていることは、行動はすべて
内的過程から始まるということなんだけど。これを君たち心理学者は
受け入れられるかな? 生物学者でも受け入れられる人はいるかな(笑)

188 :心理屋:01/11/09 08:38
うちの大学では科研費の締め切りが今日なので,
今日はあまりレスできないと思います(笑)。

>>186
古典的条件づけでは,強化は動物の行動に後続するのではなく,
それに先行する「外的刺激の組み合わせ」として与えられます。
その結果,ある刺激がそれまでとは違う行動を引き起こすようになる,
という形で行動の変化が生じます。そのばあい,強化は
行動によって得られる刺激ではありません。行動の結果として得られる
刺激で強化が生じるのは,オペラント条件づけの場合だけです。

強化がなくても行動の変化は起こり得ます。すぐ思いつくのは
 1.身体(とその機能)の発達による変化。つまり成熟。
 2.生得的な行動がなんらかの解発刺激によって引き出される
   ことによる行動の変化。
 3.強化も罰も受けていない行動の生起確率のランダムな変動
他にもきっとあります。1〜3はふつう学習とは呼びません。

>>187
それがどのような内的過程に支えられているかとか,それが刺激の
構造に還元できるかといった議論とは関係なく,「行動が刺激によって
引き起こされたり強められたりする」ということ自体は,「考え」ではなく,
どうしようもない「事実」だと思います。
また,200年前には,人々はおよそ11さんと同じような考えを持っていました。
それが,生物学,心理学などの知識から否定されてきたのがこの100年ほどの歴史です。
歴史を逆行させるためには,相当きっちりした論理と,事実の裏づけが必要だと思います。

189 :11:01/11/09 08:45
>>188
いやー、あなたに出ていただいてかえってうれしいですよ。うんうん

190 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/09 09:17
けっきょく心理屋は11のレスに強化されてるってわけね

191 :11:01/11/09 09:38
本音を言うと、私としては「自発性」の問題はあくまで生物学の話と
して語りたいんだよ。それを心理屋が出てきて邪魔するから話になら
ないんだ。
「自発性」の説明は前スレでさんざんしたから、また一から話す気は
ないしね。

192 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/09 09:43
>11
そんなに「自発性」の話がしたきゃ、こっち(↓)行ってやってくれ
                    http://life.2ch.net/psy/
科学的な議論が出来ない奴に妄想まくしたてられたんじゃ、
ちゃんと仕事してる人がスレに寄り付かなくてギャラリーとしては
つまらん。

193 :11:01/11/09 09:51
異端なことは自分でも重々承知しているし、ちゃんと仕事している人が
寄りつかないというのもよく分かるんだよ(笑
難しいな。やっぱりこの場では止すかな。

194 :虚無好き:01/11/09 17:29
>私も言語にはあまり深入りしたくない。そこは言語学者さんにお任せ。
言語学者にあまり自然科学的検証を期待してはいけないにゃ。
てか、文法解析いがいのことは期待できないのにゃ。
そもそも生物板に動物認知スレが立ったのもそのためなのにゃ。
(これは、ちょっとタイトルが不適切だったけどにゃ)

>やっぱりこの場では止すかな。
宇宙普遍文法の頃の元気はもうないのかにゃ?
わたしはそれに超マジレスしたけど、それに比べれば
「自発性」はじぃーーっつに普通にゃ。
わたしがちゃんと仕事してないとでも?





そかもにゃ...

195 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/09 17:30
んだな。11が悪い人でないのは分かるが
同意を求めるためには、板とスレを選んだほうがいいと思われ。

196 :11:01/11/09 17:39
>>194
>そもそも生物板に動物認知スレが立ったのもそのためなのにゃ。
そうだったんですよねぇ。このスレは本来は言語畑の人が立てたん
だった。ただ言語だけでは話題が広がらなかったのも事実。

>「自発性」はじぃーーっつに普通にゃ。
虚無好き先生にはそうかも知れない。しかし、あーた、それを持ち
出したために、私がここでどれだけ叩かれたと思ってるんだ(笑)
少なくとも心理学や生物学の多くの人にとってはまったく普通じゃ
ないんだよ。

197 :11:01/11/09 17:49
>>194
宇宙普遍文法ね。情報を伝えるためにはなくてはならない要素がある
という意味で、今でも私は宇宙に普遍的な文法があるはずだと思って
いますよ。5W1Hを挙げたとき、虚無好き先生はそれは論理還元論だと
おっしゃったこと、覚えていますよ。しかし、この辺から神経細胞の
自発発火の方に話が移行して立ち消えになっちゃいましたね。
改めて、論理還元主義について解説いただけたらありがたいですが。

198 :虚無好き:01/11/09 18:36
むにゃ。
宇宙普遍文法については、読み返してみないと、
どこまで話がすすんだのか忘れたにゃ。

ただ、
もし、
心理屋先生が、
ウィトゲンシュタインを評価してるのなら、
なんと、
けっこう主張は似てるかもしれないのにゃ!
ま、命題写像論の『論考』と晩年の思想はちがうんだけどにゃ…

ところでうっかり心理板にスレ立てちゃったので、
ヴィゴツキーとか勉強することになったにゃ。
わたしは、とくにだれを排除するということはしないにゃ。

199 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/09 18:37
>>197
ここは君たちの雑談スレじゃないんだから、
頼むから「宇宙普遍文法」やら「論理還元主義」やらは別スレたててやってくれ。

人間以外の種でも、そのなんとか文法とやらがあるっていうんなら
話は別だけどな(w

200 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/09 18:43
>>184
んーとね、これは>>177さんの
>言語獲得前の乳幼児が、言語を言語として聴くというのは矛盾してるよね。
を受けて、
>>178であなたが
>まさに人の話す言葉を言語として聞く能力が生得的に備わっている可能性がある。
と言うもんだから、おいらは>>181
そうでもないんだよ、と言っただけなんだよね。
だから、
>チョムスキー帝国(笑)の面積が狭まりつつあるということだよね
は正しいんだけど、元々はあなたの発言内容に対する批判なのだということね。
自分が書いたことを忘れないでよ。あなたが言ったことは重要な争点なんだからさ。

それと、おいらの>>181の2行目だって無関係じゃないよ。
動物も人間の言語音のカテゴリー知覚が可能なら、
乳児が行うカテゴリー知覚の事実をもって生得説を支持する根拠にはならないでしょ、
つまり、乳児が音素を言語音として聞いているということには必ずしもならないでしょ、
ってことなんだよね。
だから、あなたが書いている周波数の可聴域のことなんて関係ないんだよね。
とりあえずおいらは、>>177さんの
>言語獲得前の乳幼児が、言語を言語として聴くというのは矛盾してるよね。
に同意しているんだな。

それからね、
>後天的な要素があることがたくさん見えてきたという
>ことと、先天的な要素があることは保証されないというのとは違うでしょう?
そんなことは当たり前で、みんな分かってて話をしてるんだな。
「先天的な要素」とされていたものが実はそうでもないということがわかってきたということね。
でも興味がないなら仕方ないんだな。

201 :11:01/11/09 18:45
>>198
了解です。気が向いたらそちらにもお邪魔しますが、あまり書き込ま
ないようにします(笑

>>199
まぁね。「宇宙普遍文法」や「論理還元主義」が生物板の話題でないことは
分かっているよ。あ、いや、「宇宙普遍文法」はその名の通り、人間以外の
種である宇宙人が話す言語にも適用できるということなんだけどね(笑)
ま、ヲタ話はやめて、私はオートポイエーシスを勉強します。では。

202 :心理屋:01/11/09 19:14
>>198
私はどちらかというと「探究」の言語ゲーム論の方に惹かれます。
哲学探究って晩年にあたるんですよね?

宇宙人の言語か。でも,高度な知的能力みたいなものを持って文明
みたいなものを築いている生物が人間以外にいるとして,そういう
生物が言語を持つことは必須ですかね? 人間の知的能力や文化や
文明は言語によって特徴づけられるけど。あと,たとえばテレパシー
みたいなものでコミュニケーションする生物がいるとして,その
コミュニケーションは言語のような構造を持つんですかね。私は
素朴に「言語がテレパシーで伝達される」みたいなことを想像
しちゃいますが,よく考えてみると,そんなことはありそうにないですね。
うーん,むにゃむにゃむにゃ。

203 :国語:01/11/09 19:16
そういやイヌって「おすわり」を「おすわり」って聞いてるのかな。
例えばアクセントが同じ「うそつき」でもお手する等、人間の発した声の音素的で
はない部分に反応してるだけだ、とか、いやちゃんと言語音として聞いている、と
いった事が証明されている研究あり?

204 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/09 19:26
俺も偶におすわりとうそつきを間違えて聞いてしまうことがある

205 :心理屋:01/11/09 19:26
>>203
犬は「おすわり」の「す」とか,アクセントのついた音や擦過音に反応してたりします。
「バラス」という犬で,名前を呼んだらこっちへ来るなら,「バ」「ラ」「ス」それぞれ
単独で発声すると,たぶん「バ」でこっちに来るか「ス」でこっちに来るかです。
これは私が体験的に知ってるだけで,研究としてあるかはわからない。
これは音素的?音素的でない?

206 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/09 20:31
犬は頭いいから
最初は大きい身振りや声で覚えるけど
そのうち指一本で犬自身を指すだけでも
座るような状況なら座るし、伏せる状況なら伏せるし、咥えられそうなもがあれば持ってくるし
よくわからないと困った表情するし、飼ってる経験じゃわからんよ。実験してみてみてみて。

207 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/09 21:32
動物も十分意思を持ち、言語を使ってるように思うのだが。まあ、文字の類はマーキングくらいしかないが。
こおろぎレベルでも音を使い分けているし、烏の鳴き方はかなりの種類がある。
今日、広場で腰を下ろして昼食のパンを食べていたら鳩がわらわらと寄ってきた。
無視すると目の前をこれ見よがしにうろつき、睨むといろいろこっちを観察した後、あきらめて帰っていった。
あれが条件反射のみの行動とは思えない。

208 :国語:01/11/09 22:13
ありゃ、>203 間違ってた。
×「うそつき」でもお手 → 〇「うそつき」でもおすわり
です。皆様ちゃんとおわかり上で、レスして下さってるようですが(笑)

>204 はネタかまじれすか判断つきませんでした...
>205,206
例えば「バラス」が「マルサ」でも来ちゃうようだと、音素としては理解しておらず
音響学的な意味での音(おと)の特徴に反応している、といえることになるんでしょう
かね。でも盲導犬や介助犬の振る舞いを(テレビでですが)見ると、人間の発話を
文法的にはともかく、発音レベルでは聞き分けているような気もします。
>207
これは定義の問題ですが、コオロギやカラスの鳴き分けを言語というには抵抗があります。

209 :pa:01/11/10 07:08
 仕事で家に缶詰になってました。フォローおくれてもうしわけない。
>>150 :(^o^)氏
>paさんの
>>145
>例えば,ミツバチは湖面の上を跳ぶのをいやがったりと場所によ
>って跳ぶ頻度がことなります。
>したがって探索行動も最初から「ランダム」ではなく,一定のバイ
>アスがついてるわけですね。
これは面白い例だわ.詳しく紹介していただけませんか?

★これは「ドナルド R グリフィン 動物の心 p396」
に簡単に紹介されていたものです。ただし,具体的にどのくらいか?という
点については記述されてなかったので,上記の程度の定性的な傾向しか
わかりません。Gould and Towne 1987, Gould 1984が引用されていたので
このあたりかあるいはK・フォン・フリッシュのミツバチの生活などを参照に
するとよいとおもいますが3冊のうち,Gould 1984の認知地図のとこだけしか
よんでないので,かいてるかどうかは分かりません。

 ただ,たとえば,実験室で新奇な環境におかれたら
アカネズミだと隅っこを特に重点的に探す傾向が見られる。
(これは私自身が飼っていた経験にもとづくもの)

あるいは

The spatial parameters encoded by hamsters during exploration: a further study.
C.Thinus-Blanc, M. Durup and B. Poucet
Behavioural Processes, 26(1992)43 -57

とこの人達の過去の研究によるとハムスターをアリーナに入れたときに
前回入ったときと空間内の物体の配置がかわっているときにはその物体に優先的に鼻ヅラをこすりつけて探索することがあるのだそうですね。 これは前回の物体の配置を記憶してその違いに敏感に反応した結果だろうと考察されてます。

だから,行動生態学的には探索行動は一見でたらめにみえるようで
ちゃんと統計的には意味をなしており,行動パターンが
同じ頻度ででてくる,という考えにはちょっと違和感を感じる。

と前回のレスでかいたのです。

といっても,私は「オペランド行動がランダムである」
ということについてちゃんと検証した文献を寡聞にして知りません。

また心理学事典,動物行動学辞典,などを参照しても
オペラント条件付けでオペラント行動が「ランダム」である必要性についての
記述を見つけることはできませんでした。
くどいようで申し訳ないですが,

★心理屋氏には

なにかその「ランダム性」について言及している文献あるいは
ランダム性を検証した文献を紹介していただければ幸いです。
(いや,まじめなはなし 自己相関とかはじめとして,ランダム性をどのように検証するか
は行動生態学的には非常に気になるのです)

210 :虚無好き:01/11/10 07:52
自分のネコのはなしをするのは恐縮なんだけどにゃ。
なんらデータにはなりえないからにゃ。

ネコが「鏡」に反応するかどうかは手鏡で何度も実験したにゃ。
そして、結局は無反応だったにゃ。
ところが、あるとき突然「姿見」すなわち大きな鏡に反応し、
しっぽがブラシのようになってしまうということが起きたにゃ。
アドレナリンの作用かにゃ? とにかく尋常な状態ではなかったにゃ。
よくある、鏡のうしろを確かめる行動もみられたにゃ。
そのつぎに、前肢による「ひっかき」行動にゃ。30秒くらい続くにゃ。
これは多義的な行動で、部屋のなかに入りたいらしいときにも行うにゃ。
鏡の表面と、ガラス戸の表面のテクスチュアが同じため誘発されたとも思えるにゃ。
ふつうは「爪とぎ」にゃ。

しかしその後、このような興奮はしだいにおさまっていったにゃ。
おもいだしたように「ひっかき」をしてたけど、
しっぽの様子から、さほど興奮してないと思われるにゃ。

ひょっとしたら、ネコは見せようとしたものには、一般に無関心かもにゃ。
ちょっと息抜きに書いてみたにゃ。
わたしのネコは、去年死んだにゃ。
まだトイレは残ってるにゃ。

211 :pa:01/11/10 08:25
>>149

「後天的な経験による行動の変化」という意味では学習に当たらないことはないですが,
それだと「刷り込み」も学習になってしまいます。ふつうは,刷り込みは学習とは
考えないですよね。

★心理屋氏
 行動主義心理学での「学習」の定義がしりたかったので。(と同時にどこがちがうのかを確認したかったというのも)

 たしかに 有斐閣者の心理学辞典では
刻印づけ (すり込み=imprinting)について「通常の学習とはことなる」とかきその根拠として

1・感受期(この時期以外では生じない)がある
2・練習や経験が不要で条件がみたされた時期に速やかに成立
3・無報酬性
4・不可逆性

などが挙げられていました。ただし,この辞書においてはではすり込みは一般的ではないにしろ「学習」にはいるか?という点については コメントなしでして。

私なんぞは「後天的に情報を仕入れる必要あり」ということで少なくとも一種の
学習あつかいにしてたりするわけですね。
 学習は「経験によって情報を得て,それに基づいて行動に変化が生じる」
くらいにかなりあまくかんがえてるもので。


さえずりについては実験室内での飼育では特に報酬がなくても大丈夫だったと記憶してますが一部記憶が曖昧なので「小鳥はなぜ歌うのか」でも
もう一度本を読んでみます。というかこういうきっかけのおかげでえらい勉強になるわ。


そのかわりにもっと明確なものを1。それは

◎模倣
でして,ムーアの(Mooreかな?) 1992だとafrican parott ヨウム をつかって形態模写
の実験がおこなわれていて,これだと
1・まず提示者がある行動をみせる
2・しばらくヨウム君をほっとく
3・とヨウム君は勝手に形態模写をしはじめる

でこの点について強化はないということが報告されてました。そもそもムーアさんは
social learningという本の第12章で模倣について模倣行動の基準として
「生得的な行動パターンではない新奇な行動」でありかつ
強化などによらない
という定義をしていたのでその辺はクリアされているとおもいます。

(ちなみにこの章は模倣の進化をあつかってまして鳥と哺乳類は独立
して模写行動を進化させてきたと考察していたりとちょっと興味深かったり)

で,この「遅延模倣」はどうなんでしょう?先の心理学辞典では一応学習扱いになってましたが・・・

 学習についてあまりにガチガチにきめてしばると自然な状態での動物の行動の
発達要因については「学習」というより心理学が全然はいりこむ余地無しってことにならないか?という気が
しましたが,行動主義心理学ではこの辺をどのようにあつかっているのか興味あるところです。


もっとも学習って言葉も定義の問題だとおもいますし,行動生態学だって
「遺伝か環境か?」「生得的か学習か?」のような2元論にはなってない
のではありますからあまりガチガチする必要もなく,むしろすり込みはすり込みで
慣れは慣れで,洞察は洞察でそれぞれを別々に考察すればいいだけのことなんでしょうけど。



212 :心理屋:01/11/10 08:26
>>209
すごくわかりました。paさんのおっしゃるのは以下のようなこと
ですよね。
1.オペラント行動のレパートリーは生得的(進化的)に定まる
2.レパートリーに属する各行動の初期値としての生起確率
  (オペラント水準)も生得的に定まっている。
3.したがって,強化や罰によってオペラントの生起確率が
  増減するとしてもその基盤には生得的な傾向が存在する。

これは明らかに「その通り」です。もちろん,オペラント条件づけ
を考える時には,各レパートリーの生起確率は生得的に決まっていても,
実際にどの行動が選択されるかは「環境から与えられる結果によって
定まる」(確率の低い行動も環境によって選択されうる)ことが重要な
ことには変わりないですが,確かにオペラントとして自発されやすい行動,
強化されたり,罰を受けたりしやすい行動が生得的に定まっていると
すれば,それはランダムではないですね(まあ,生起確率が実際にランダムで
あるようなレパートリー群もあるでしょうが,それも進化の中で「獲得」された
ランダムであるわけですね)。

213 :心理屋:01/11/10 08:29
どうも私は11さんの「自発性論」と対比させようとするあまり,
「ランダム」という言葉を安易に使い過ぎたようです。私がランダム
と言った時の意味は「目的論的に(個体の意図とか意志によって)定まらない」
という程度の意味でした。ちょっと文系の限界を感じました(半分本気)。
そういう意味では突然変異もランダムではないのでしょうね。
11さんとの議論が混乱したのは私にも責任がありました。ごめんなさい。

で,そしたらオペラントについてはどう表現したら正確ですか?
「生得的な確率の範囲で多様性を持つ,自発されるレパートリー群」でしょうか。

今日は生命保険の健康診断に出かけなければいけないので(笑),
>>211の話については改めて考えさせて下さい。

214 :pa:01/11/10 09:12
★心理屋氏 >>213
ども, そういうことでして,私の方も得心しました。サンクス。
模倣についてはではまた後日

★ネコの話題 虚無好き氏
ども,
ネコだとやっぱり自己認識は無理ですか。 ネコくらいになると
視覚より嗅覚的手がかりや聴覚的手がかりが仲間との関わり合いに
重要になってくるからかもしれないですが。
サルだとこの間の動物奇想天外で三面鏡を見せるというのを
やっていて,その解説についてはともかく(反応からサルは3歳児にも劣ると
かいっていたが,自己認識と知能とはまた別な話では??)

反応ではやはりまず鏡の後ろをみてしまうって行動がおもしろかったです。
ビデオにとってたので,授業でも使ってみようかしらん。

 ネコの話題ついでに脱線。
ちなみに家の近所のある家の車庫はネコの集会場になっていて
仕事のある日なんかは時々朝4時頃にでかけるんだけどそこにネコが
なにをするでもなくわらわらとたむろしてるのが楽しい。
ネコは基本的に単独性(というかライオンとチーター以外のネコ科の
動物が単独性でくらしてる(「哺乳類の生態学」など参照)
らしいんだけど,あのネコの集会ってなにやってんでしょね。
小原秀雄の「ネコはなぜ夜集会をひらくか?」ってな本だと
社交のための情報交換なんてかかれていたけど。

★犬の話題

上のレスで犬の調教のはなしがでてますが,最近テレビなんかだと

「3×2=?」と飼い主がきくとちゃんと6回鳴くって犬とかがよくでてくるんですよね。
これは

◎A 1×2  2×2 3×2とかの音の違いで全部いちいち覚えて
その数だけ鳴いてるのか?

◎B それとも賢いハンス効果で鳴いてるのか?
(つまり飼い主や周りの人間の微妙なリアクションを参考にしてるわけ。
とりあえず質問のあと吠えつづけて,正解のところで飼い主や
観客がビクっとかうごくのでやめるだけ,人間の側が答えをしらないと
犬も正解できないってことになる)

この辺どっちなのか気になるところです。計算してないってことだけは
わかるんですが・・
(9×8=72とかまでやっていたしなぁ・・)

というかテレビは心理現象と同じで
 もう少しこの辺ちゃんとやってほしいです。

215 :pa:01/11/10 09:16
>>214
>  ネコくらいになると
視覚より嗅覚的手がかりや聴覚的手がかりが仲間との関わり合いに
重要になってくるからかもしれないですが。

は「ネコが意外なほど無関心だったこと」にたいしてのコメント

あと「心理現象」は「心霊現象」の書き間違いです。・・

216 :国語:01/11/10 13:58
おすわりの話はイヌが音声を音素として認識できるかについての興味で、調教一般について
の話題とするつもりはなかったのですが。まあいいか。

>214
>猫の集会
それぞれのネコが自分になりに居心地のよい所へ行き着いてみたら、結果的に多くのネコが
同じ意見(場所)だった。ってのはダメ?

>計算してないってことだけはわかるんですが・・
どのようにしてわかるのですか?

掛け算犬については、最初に言った数字の回数鳴く動作を、あとに言った数字の回数だけ
繰り返すことを学習(なんか中途半端な学習だなあ)してるというような可能性はない
ですかねえ。

217 :11:01/11/10 15:06
>>paさん
ミツバチやアカネズミの例は昔からいわれている「広場恐怖」くらいの意味しかない
ようですね。

ハムスターをアリーナに入れた時に物体の配置を変えると配置を変えた物体を優先的に
探索するという話が、私の言った迷路を自由に探索させるとその後の迷路学習が促進
されるという話と同じ文脈になりますね。

「遅延模倣」の話は私も存じており、
>そもそもムーアさんは
>social learningという本の第12章で模倣について模倣行動の基準として
>「生得的な行動パターンではない新奇な行動」でありかつ
>強化などによらない
>という定義をしていたのでその辺はクリアされているとおもいます。
これに対して心理屋氏はどう対応するか、大変みものです(笑) なにかを強化に
こじつけるような真似をしたら私は見逃しませんよ(笑)

paさんは大学の教官で、行動生態学の授業を担当されているのですか? たくさんの
書物や論文をすっと引っぱってこられるのには敬服します。が、少し危うさを感じる
言い回しが時々現れるのが気になるのですが・・・

218 :11:01/11/10 15:06
>>心理屋氏
行動主義心理学を葬り去ろうとする試みはいったん中断しますが、私は行動主義心理
学がくだらない体系であるという考えを捨てるつもりはありません。
行動主義心理学が行動を「客観的に」観ようとしていることはよく分かりましたが、
>各レパートリーの生起確率は生得的に決まっていても,
>実際にどの行動が選択されるかは「環境から与えられる結果によって
>定まる」(確率の低い行動も環境によって選択されうる)ことが重要な
>ことには変わりない
と確率的にしか言えないことが「行動を『客観的に』観よう」としかしない行動主義
心理学の限界なのですよ。これでは行動を説明したことにならないと考える人がいても
おかしくありません。そういう人が内的過程の方を研究するために神経科学や脳科学に
進もうとするのです。そして、この分野の知見や行動生物学、生物学の一般的な知識
から私が導いたのが「生命は本来自発的」という考えなのです。これがたまたま、徹底
的行動主義者のあなたの思想を逆なでするものになっていたというわけです。しかし、
残念ながら、あなたが挑んでくる議論はすべて、私から見たらすでに解決済みで、
今さら何を、と思うだけなのですよ。

>私がランダム
>と言った時の意味は「目的論的に(個体の意図とか意志によって)定まらない」
>という程度の意味でした。
これに関し、その個体は先行経験を有しているかどうかが重要です。その個体がまったく
先行経験を有していないのならこの主張は有効です。しかし、ひとたび経験を持つと、
その個体はその経験を利用するようになる。その例が迷路を自由に探索させるとその
後のその迷路での迷路学習が促進される話です。これを人に当てはめたのが、赤ん坊が
泣くと母親が飛んでくるという経験をすると、その経験を利用して今度は泣いて母親を
呼ぶようになるという話です。いったん先行経験を持てば、今度は意図的にその経験を
利用するようになると言っているのです。
しかも、行動生態学の知見から動物は生得的な行動傾向をもっていることが明らかに
されてきた。その生得的な行動傾向こそが遺伝的にプログラムされた行動であり、その
実体が遺伝的に決定された神経ネットワークなのです。これは言い換えれば、そのネット
ワーク構造の中に遺伝的にすでになんらかの知識が保存されているということ。この
神経ネットワークは進化によって獲得された構造であり、その構造の中に保存された
知識が先行経験の価値を持つ。となってくると、そもそも個体がまったく先行経験を
有していないということは有り得ないのあり、あなたの言う「目的論的に(個体の
意図とか意志によって)定まらない」という状況はどこにもない、ということです。

219 :11:01/11/10 15:32
>>218に一言補足すると、タブラ・ラサという状況はどこにもないと
いうことですね。

220 :心理屋:01/11/10 16:55
>>218
スキナーは模倣そのものは生得的な傾向としています。
ある本の中で彼は以下のように述べています(訳は拙訳)。

「模倣するという傾向が進化したのは,おそらく,他の有機体がしていることをする,
ということが,しばしば〔自らの〕生存に同じように貢献するためだろう。放牧された
家畜の群れのうちの一頭が,近づいてくる捕食者を見つけて走りはじめた時には,
他の家畜たちも,捕食者が見えていなかったとしても,走った方が逃避できる可能性が増す。
模倣が進化したなら,モデリングを進化させるような随伴性が優勢となる。たとえば,
もし若い鳥たちが彼らの両親を模倣することで飛ぶことをより早く学ぶとしたら,
両親がよく見える模倣しやすいやり方で飛ぶならば,若い鳥たちが生き残る可能性は
高まるだろう。」(訳注 モデリングとは模倣のモデルになること)

「模倣者の行動がモデルの行動に対する強化的結果を生み出している場合にのみ,
オペラント行動をモデリングと呼ぶことが可能である。たとえば,両親が子どもに
対する行動のモデルとなるのは,〔子どもが親の行動を模倣すれば〕子どもの面倒を
見る手間が省け,また子どもが自分たちの助け手として役に立つようになるからである。」

221 :(´∀`):01/11/10 17:08
218の発言なんかを読むと、11氏はかなり生成文法の問題意識と近いものを持ってると
思うにゃ。ナイーヴな行動主義は何も説明していないのにゃ。自発性ってのは自己組織化
とか自己創出性とかとはまた別物にゃ?生成でいう自律性は自己組織化に読み替える
ことが今なら可能だと思うのにゃ。
ところがにゃ、同じ11氏が同時に「情報を伝えるためにはなくてはならない要素がある
という意味で、宇宙に普遍的な文法があるはず」と目的論的機能論をふりかざして
いるのがどうにも解せないのにゃ ……
ところでレスがこないにゃが
>心理学者には、生成文法はミソクソにいわれてるにゃ
の人は逃げてしまったのかにゃ? どの程度生成を理解した上で批判してるのかが
知りたいだけなのにゃ。

222 :心理屋:01/11/10 17:21
ごめんなさい,上のレスも含めて「>>211」です。
で,スキナーは,模倣の傾向そのものは生得的なものだが,模倣によって生じた
行動はオペラントであると考えていたようです。したがって,模倣そのものは
強化がなくても生じるが,模倣によって生じた行動がその後も維持されるかどうか,
それがどのくらいの頻度になるかなどは強化や罰の随伴性によって決まるということに
なります。そうなると,遅延模倣自体は学習ではなく,その場で適切なオペラント行動
(ある状況で他の個体がやっている行動は適応的である可能性が高いから)を自発する
ための生得的な仕組みのひとつだということになります。私もそう思います。

バンデューラの認知論的な「模倣の理論」(社会的学習理論)では少し違います。
バンデューラは観察学習自体は強化がなくても生じるが,学習された行動が実際に遂行
されるかは強化随伴性によって決定されるとしています。この考え方も模倣を
考える上では示唆的です。しかし,行動として遂行されないものを学習と考えることは
難しいし,そもそも遂行されない学習を確認する手段がありません。

模倣そのものは生得的傾向(学習ではない)が,模倣された行動がその後「利用される」か
どうかは学習によって決定されるというのが私の今日現在の意見です。

>>218
生得的である(進化的に決まっている)ということは,それがその生物が生きてきた
環境に適応的であり,それによって選択されたというだけの意味で,そこに目的や
意志や意図は存在しません。また,先行経験によって形成された行動傾向は,まさに
先行経験に基づいた環境への適応によって選択されたもので,そこにも目的や
意志や意図を考えるのは冗長です。生得的な行動に「目的」を見い出すのはそれを
観察する人間であって,その行動に「目的」があるわけではありません。

223 :心理屋:01/11/10 17:43
それから,神経科学や脳科学でも,もちろん動物行動学でも生物学一般でも,
説明とか予測とか制御はすべて確率論的なものではないのですか?
説明の対象が内的過程であっても、このことは同じだと思います。
確率的でない説明というのは「11さんの自発性説」の他には,たとえばどんなもの
がありますか?

224 :11:01/11/10 17:47
>>222
>遅延模倣自体は学習ではなく,その場で適切なオペラント行動
>(ある状況で他の個体がやっている行動は適応的である可能性が高いから)を自発する
>ための生得的な仕組みのひとつだということになります。
>>211でpaさんが挙げたオウムの例では他に個体はいませんよね。では
どうしてその形態模写が適切なオペラント行動だとオウムに分かるのですか?
そもそも適切なオペラント行動ですか?

>それによって選択されたというだけの意味で,そこに目的や
>意志や意図は存在しません。
私は環境や自然界の意図や目的について話しているのではありません。
個体の持つ「意図」について話しているのです。また、先行経験は
どの個体にも無数にある。その中から「現在、個体がおかれた」環境に
適した行動が先行経験に基づいて選ばれるのは個体側の要因と考えるべき。
この個体側の要因を「意図」と呼んでいるのです。

225 :11:01/11/10 17:58
>>221
自己創出性というのがよく分からないのですが、ご説明いただけます?

宇宙に普遍的な文法が目的論的機能論なのかどうかよく分からないの
ですが(笑)、これは数学のさまざまな定理が4つの公理から導かれて
いるのに似ています。この4つの公理に当たるのが宇宙普遍文法だと
考えているのです。だからたぶん、数学とは研究方向が逆ですね。
4つの公理から演繹するのではなく、言語学は4つの公理を帰納して
いくんじゃないのかな、と。でも、これは私にとってはお遊びの議論です。
深入りする気はあまりありません。

226 :心理屋:01/11/10 18:16
>>224
「他の個体」が種によって「同種の他の個体」である必要でない場合もあります。
たとえばヨウムも含めたオウムやインコの類,九官鳥やカラスなどが他種の声マネや
模倣をするのは,それらの鳥が進化した過程でそれが生存や繁殖に有利だった
からでしょう(たとえば他の鳥を偽装して身を守るなど)。ですから引用された
実験の場合は「提示者」が「他の個体」です。

それから「形態模写が適切なオペラントであるとオウムに分かる」などという
ことは,ここでは起きていません。内容が適切かどうかが「判断」されているのではなくて,
ある状況で他の個体がやっている行動は,他の個体がやっていない行動よりも,
一般にその状況で適応的である可能性が高い(これは疑問の余地ないですよね?),
だから(模倣が可能である程度の認知・行動機能を持った動物では)模倣する傾向が
進化的に作られ,遺伝的に備えられているので,ヨウムは「自動的に」模倣するのです。

ただ,それが本当に「その特定の状況」で適切であるかにはかなりのフローがある。だから,
模倣によって自発された行動はオペラント行動として強化や罰によって増減することで,
「一般論に従って模倣してみたがその状況では実際には適切でなかった」行動は減少するし,
「実際に適切であった」行動は模倣の水準を超えて持続し,増加するわけです。

227 :心理屋:01/11/10 18:29
たとえば九官鳥は飼い主の声をまねて「オハヨウ」などと言いますよね。
それは生得的な行動です。それが何の強化も導かなければ,九官鳥は
飼い主が「おはよう」と言った時に反射的(?)に「オハヨウ」と返すだけです。
しかし,飼い主の声をまねて「オハヨウ」と言った時に,それが飼い主の
注目を引き出し,餌をもらえるなどの強化を導いたなら,こんどは
飼い主が「おはよう」と声をかけなくても,自発的に「オハヨウ」と言って,
飼い主の興味をひきつけ,餌などを手に入れるようになるでしょう。
模倣は生得的で,模倣された行動のその後の頻度は学習によって定まるというのは
そういうことです。(しかしこの時,九官鳥は「オハヨウといって餌を手に入れよう」と
「意図している」のでしょうか?)

228 :11:01/11/10 18:30
>>226
疲れた・・・笑
オウムの例は失敗でした(笑) これは認めましょう。
いずれにしても、行動を予測し制御する目的においては行動を外側から
見るだけの徹底的行動主義でもいいのでしょうが、生物学はそれだけでは
満足しないということです。行動を起こす生体側の原因やそのしくみなどを
知りたいのです。それは何も行動を予測し制御したいからではありません。
もっと行動を理解したいから、それだけです。

229 :国語:01/11/10 19:23
救急車のサイレンを真似るカラスの例は、「模倣は生得的(無目的的?)」の証左になる
でしょうか。それをしてカラスに何か得があると思えないし。
(おもわず彼の脳みそに叩っこまれるほど、インパクトのある音だってことかな)

230 :虚無好き:01/11/10 22:22
遅レスなんだけどにゃ。
発達心理学では、用語は忘れたけど、
成人がwalk、walking、walked を使い分けてるのに、
幼児は最初「ウォー」のぶぶんしか聴取できないが、それがかえって、
言語の獲得を容易にしているのではないかという見解があるのにゃ。
つまり、基礎的な部分から(SVとか)始められるということにゃ。
また幼児は、胎児の時期にすでに母親の発声を聴いており、
母親の声に選択的に注意するという報告があるほか、
ナン語にすでに母語の影響が出るという報告もあるにゃ。(とくに中国語)

で、音素聴解は、犬にはたぶん無理だワン!

231 :11:01/11/11 02:38
>>230
私も翻訳していて、五文型から考えるというのはよくやりますね。
宇宙普遍文法はあまり強く主張する気はないですが、そのSVなどはこの順番は
ともかく、必須の要素と思いませんか?

胎児の話は、月齢でどれくらいから胎児は音を聞けるようになるかのデータは
あるのかな。それと、胎内では母体内の血流の音(ゴーという音)がほとんど
という話も聞きますけど。マイクで拾った音はあまり信用できないかも知れませんが。

232 :PA:01/11/11 10:24
あいかわらず強化のはなしで申し訳ないですが・・模倣や鋳型学習ともつながるということで・・
 鳥のさえずりについては「小鳥はなぜ歌うのか」では,
1・うまれてまもない小鳥は成熟雄の囀りを聞く (感受期があるらしい ただし種によってことなる)
2・小鳥はしばらく・・ときには数ヶ月だまったままでいる
3・その後突然 サブソングとよばれる音色のあまり綺麗でない囀りを
はじめる・・・さえずりは最初ヘタだがだんだんとうまくなっていく。
このとき,種によっては,いくつかのレパートリーが最初はでてくるが
やがてモデルの歌と同じものだけが残る。
(ここで内耳をとる(聞こえなくする)とうまくならない・・自身の声のフィードバックが必要
ただし外からの報酬は必要ない)

4・歌のメロディーが固まると(結晶化と小西氏は呼んでるが)
変更できないばあいもあるが,1年くらいの鳥だと変更可能な種もある
また,内耳をとると”退化”して美しいメロディが消えてしまう場合もある

といった記述がありました。つまり 再学習できる鳥とできない鳥がある
ということらしいです。また,自身の歌が自分で聞きながら調整してるようで・・。

ここで3の過程が強化の過程とよべるかどうかが行動主義心理学的に「学習」とよべるかどうかの1つの分かれ目になるようですが・・。

233 :PA:01/11/11 10:40
つづき
>>162
>発声行為っていうのはね、それ自体が強化をもたらすと考えていい証拠がいくつか出ていてね、
「強化がない」かどうかは断言できないんだな。
うん、だいぶ思い出してきたぞ。
発達心理学や生態学の方では生態学的強化って呼ぶことがあったな。
>>167 心理屋氏
>また,たとえばハトなどでは「視覚情報量の多さ」(視野にいろいろなものが見える
こと)が強化になることがわかっていますし,馬が木や柵などに噛み付く行動では
歯への圧力刺激が,鳥の類いではくちばしでなにかをつつくことが,それぞれ
強化になることがわかっています。

★この辺具体的になにが強化されるのかこの文章だけからだとよくわからないのですが,私なりの解釈で
1つ例をだすと・・

発声行為 それ自体が強化をもたらす・というのは最初5つのパターンの発声を行うとして・・
  最初のときに   次に発声するとき
A 5回        2回
B 1回        1回
C 1回        1回

つまり,いくつかのレパートリーについて任意の行動について何度も繰り返すと,その繰り返した行動が

次に現れる頻度が高くなる・・(つまりこの結果を指して強化されたというわけ?)
という現象を指しているのでしょうか?

 ハトとか鳥のつつきについては具体的な実験例とかを紹介していただけるとありがたい。
で,とりあえず上の解釈ですすめます。誤りがあれば指摘していただきたい。

234 :PA:01/11/11 10:41
●生得性について心理屋氏が
>>たとえば
聞こえた成鳥のさえずりに近似するようにじぶんのさえずりを修正していく
アルゴリズムが生得的に用意されている,とかだと,それを学習と呼べるかは悩みます

●とかかれていますが,この”自身の行動それ自体が強化する”る過程について(どうも生態学的強化と
いうことばは
行動生態学的になんとなく妙な違和感を感じるので・・・)
 自己の行動それ自体が強化する現象については
1・レパートリーのどの行動についても強化がおこなわれるのか?(恣意性)
2・生得的プログラムの関与はどのようなものなのだろうか?

という疑問があります。
1について最初から強化されやすいパターンについてのバイアスがあるのでしたら
それは鋳型学習とどこがちがうのか?また恣意的な行動について強化がおこなわれるとして 2について

●「最初は自由に行動し,何度も行った行動については 次の機会でも高い頻度で繰り返すように」
という生得的なプログラムのようなものが根底にあるとすれば鳥のさえずりについて
●「最初は自由に発声し,この過程で成熟雄の囀りを聞いたときにできたいわゆる鋳型に近いものの 頻
度を高くするように」

という生得的なプログラム(が仮にあったとして)と,学習について論じる上でのSIGNIFICANTな違い
があるといえるのだろうか?と疑問を感じます。

もう一つ,この自己強化ともよべる過程のメカニズムについてで
いわゆるペニスをこする→快楽→ますます擦る
といったマスターベーションのときのようなもだったりする可能性は?(これをナント呼ぶかもわかりづ
らいですが)
とすると「鋳型と同じ囀りをするとやはり脳内に何らかの物質が分泌され,
キモチよくなるなどのようなメカニズムが起こっていたばあいには?という疑問もあります。

235 :pa:01/11/11 10:48
連続投稿ですまんす

MOORE1992の模倣の定義については1つ訂正
模倣について「EXPLICIT REINFORCEMENT(外的強化?)がなく,新奇で非種特異的な行動
が示されるとき」と定義されてました。単なる強化ではなく,
外的な強化・・ならいわゆる自己強化は別ってことかも・・・?

●模倣が学習に相当するかどうか?
については 心理学辞典にて刷り込みでかかれていた学習への条件を参照するならば

    1・感受期(この時期以外では生じない)がある
2・練習や経験が不要で条件がみたされた時期に速やかに成立
3・無報酬性
4・不可逆性

この4つの条件については模倣を行う鳥の種によってそれぞれ 異なるようですが,声帯模写については・・

1・感受期がある種もあるがかなり年をとるまで模倣がみられる種もあるようである。
2・練習は必要でないという報告が(小西氏の著書のなかである学会にてそう言う報告があったとかかれていた)
あるらしいけど,キュウカンチョウについては小西氏曰く
「最初はバブリングのような発声をする」というわけで
練習が必要であるらしい。
3・報酬はいらないらしい(グリフィン 動物の心では「オペラント条件付けができない」とかかれていたが・・

4・1つだけでなく複数の音声や行動を模倣することができる。おそらく頻度としてはあるパターンはやがてみられなくなる場合もあると考えられるが,”消去される”のかどうかはよくわからない
(消去されるっていうのはなにをさすのか?現れる頻度だけをさすのか?それとも忘却?)

というわけで3番以外についてはアル程度学習の条件を満たしている種もあるようで・・。
で,練習することそれ自体が強化につながるのであればどうなるだろうか?とも考えられますが。

(基本的には小西正一の小鳥はなぜ歌うのか,と動物の心 とMOORE 1992を参照してます)

練習の有無について形態模写では ヨウムを実験でつかったときには提示者が様々な行動パターンをヨウム君にみせたのですがその中で

・提示者が ものをおとしたふりをして「あ,落とした!」と拾う格好をする 子のパターンを2回だけ提示
・ヨウムはしばらくあとに2回だけこれに似た行動を行った(形態模写か?)

という記述がありました。ただし,このときにその提示者の行動を模倣するにしても「練習があったか?」
かどうかは不明。そもそも最初の練習の動きがヘタだったらそれが模倣のための練習かどうか
もわからないからでしょうが・・

236 :pa:01/11/11 11:19
>>217 :11 :01/11/10 15:06
>paさんは大学の教官
既にかいたとおり野にくだってます。そんなだいそれたものではないです。

>ミツバチやアカネズミの例は昔からいわれている「広場恐怖」くらいの意味しかない
ようですね。

アカネズミについてはそのある種特殊な生態から別な解釈ができるとおもってます。

>>216 :国語氏
★ 話題がずれてしまい申し訳ない。

>>計算してないってことだけはわかるんですが・・
>どのようにしてわかるのですか?

● わかる・というより,先行研究からの推測です。そもそもラット,チンパンジーでは
数について,カウンティング能力は10程度まででそれ以上になると怪しい
という報告があります。で,犬もまぁその程度だろう・と。で,数をかぞえる能力の段階で20をこえるような
2ケタの数について扱うことができるかどうか怪しいので テレビで2ケタのかけ算をやっている
のを見た段階で「これは違うだろう」と考え上のようにかきました。
ただし,では犬が本当に
「2 カケル 2」 程度も理解でないのか?についてはたしかにわからんです。
 

237 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/11 12:22
ヒトの言語は、ヒトが石器をもちいたから、
動詞と名詞の区別があるのだといった意見を
人類学の論文のどれかに書いてあったのを
読んだことがある。じゃあ、イルカとか
どうなのかとつっこみを入れたかったが。w

238 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/12 00:59
心理板で紹介されていたので覗いてみたんだけど、面白いのでレスしていい?
議論できるわけではないんだが、何かの参考になればということで少々。

>>233,234
>生態学的強化。
うまい言葉だという気もするが、もう少し広い意味で「自動的強化」という言葉もあったと思う。
「自己強化」というのは別の意味で用いられることがあるので使わない方がいい。
実験例があるかどうかは知らないが、こういうのはある程度実験計画は立てられそうな気がするので、
誰かやってるんじゃないかな。やってないなら動物実験屋の怠慢だと思う。

>>232
>さえずり
まさに「自動的分化」とでも呼ぶべき現象なのかな。
ただ、外からの強化が本当に全く不要かどうかは分からないよね。
たとえば、自分や親や他の個体の「美しい」さえずりは、
自分の「さえずり」あるいは「聴く」という行動?に対して強化作用があるのかもしれない。
少なくともオレにとっては強化作用はあるみたいだけどね。そうじゃないものもあるが。(笑)

239 :238:01/11/12 01:08
>>234
>いわゆるペニスをこする→快楽→ますます擦る
これも自動的強化だろうけど、自慰のことなら、鳥のさえずりのようなものとは
少し違うのではないかという気もしないではない。
(そういえば「さえずり」と「せんずり」は音が似てるな・・・。)
さえずる、嘴で何かをつつく、羽ばたくといった行動は、
鳥にとって反応の負荷が極めて小さく、しかも鳥の「生」?の基盤をなすもの。
いわば、鳥になるためには最低限それらが容易にできなくてはならない。(笑)
進化によってそのような行動が高頻度で自発され得るような形態になったということかな。
文字通りの「生態学的強化」が自動的に随伴するようにプログラムされているとか?
あるいは単に成熟にすぎないのか?
少なくとも、嘴で何かを「つつく」行動には自動的強化が随伴すると考えられているらしい。
ラットの「噛みつき」とかね。
高頻度の「つつき」や「噛みつき」は、他の行動を強化できる(プリマックの原理)から、
鳥やラットの生存にとってすごく重要だと思う。

240 :238:01/11/12 01:26
>>235
>消去。
普通は、強化の随伴をやめた結果として「頻度が元に戻る」、
または「0になる」っていう意味で使うんだけど、
強化の随伴をやめる「消去手続き」のことを言う場合もありんす。

>模倣、モデリング、観察学習。
こんなことは御存知とは思うけど、「模倣」については色々と研究されていて、
Mooreの他にも、思いつくだけでも、
Piajetの発達段階、同化と調節などの文脈で説明される場合や、
Miller and Dollardの基本的なオペラント条件づけの特殊例と見なす説、
Baerらの般化模倣、
心理屋さん(>>222)が紹介したBanduraの説、
などがある。

それから、Miller and Dollard、Thorpe、Galef、といった面々が、
それぞれ「模倣」を3種類に分類しているよね。
「模倣」にも色々なタイプがあると考えることもできるってわけだけど、
こんなことは言わずもがなだった?
まあ、よく知らない人のためにってことで。

241 :11:01/11/12 02:00
>>238,>>239,>>240
あのさ、そういう説明が心理屋さんや君たち心理学者はともかく、
虚無好き先生や私はまったく意味がないと考えていることに気が
ついていますか?
それでは行動を説明したことにならないのですよ。

242 :238:01/11/12 02:50
>>241
あのさ、別に論争を仕掛けようとも喧嘩を売ろうともせず、
paさんの話がただ純粋に面白かったから、
知ってることでちょっとばかりレスしてみようかなと思っただけの単純な人間に対して、
どうしていきなりそういう喧嘩を売るような言い方をするわけ?
クラシック好きが、見ず知らずのロック好きの音楽談義に口を挟んで、
「まったく意味がないね。それでは音楽を説明したことにならないんだよ」と
言ってるようなもんだ。
いきなり何なの?
なんか気分が悪いんだよね。
寝ないで起きたのがアホらしいわ。
私は消えます。

243 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/12 06:24
>>241
虚無好き氏や顔文字氏はあきらかに「説明」についての
彼らの定義を持っているけど、11のいう「説明」には
定義はなく、せいぜい「自分が納得するものが説明」にすぎない。
「目的」とか「意図」で語るのが説明と信じている奴と
一緒にされたら虚無好き氏たちがかわいそう。
「目的」や「意図」で説明するのが説明にはならないと
いう点では、むしろ心理屋氏も虚無好き氏も顔文字氏も
一致していて、11だけが無意味な議論をしている。
「結果の原因化」は初心者がもっとも陥りやすい論理的誤謬。

244 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/12 06:28
>>242
paさんみたいのがふつうの生物屋。ふつうの人と議論すれば良いだけの話。
基本的な訓練を受けた研究者同士であれば分野は違ってもちゃんと議論は
成立するはず。議論が成立しない時は相手の基本的訓練のレベルを疑っても良い。

245 :11:01/11/12 06:36
煽りしか書けない人は来ないでほしいね・・・

246 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/12 06:38
>>245
では目的とか意図で行動が説明できる、そういう概念が
有用であるということで虚無好き氏や顔文字氏と意見が一致した
レスを示してみな。

247 :11:01/11/12 06:43
頼むからくだらないことを書き込むのはやめてくれよ。

248 :pa:01/11/12 09:39
★11氏他の方には悪いですが,個人的には,行動主義心理学を非難するのではなく,それが
なにを目指しているのかを知り,行動生態学やその他の
生物学,認知心理学との相違点を知り,野外の動物の行動にどのように適用できるのかを考えたいので情報は ありがたいで
す。


>>238

>>生態学的強化。
> うまい言葉だという気もするが、もう少し広い意味で「自動的強化」という言葉もあったと思う。
「自己強化」というのは別の意味で用いられることがあるので使わない方がいい。
実験例があるかどうかは知らないが、こういうのはある程度実験計画は立てられそうな気がするので、
誰かやってるんじゃないかな。やってないなら動物実験屋の怠慢だと思う。

★ども  外野席の野次に懲りずにまたきていただければ幸いです。
11氏は事この点に関してはしばらくちょっかいださないでいただけるとありがたいのですが。

★心理学辞典(有斐閣社)の 自己強化をひくと
「社会学習などで外的な強化がみられないとき・・中略・・他者の行動を観察するだけでその行動
が強化されることが少なくない。また,個体が自分自身に行動目標を課し,その
行動目標が達成されると満足感が得られるので,行動が強化されるという場合
がある。
このように個体が自分の行動に対して自ら強化を随伴させることを自己強化
と呼ぶ(self reinforcement)」

のように書かれていたため「行動すると 気持ちよくなって更に行動する?」
という仮定にもとづいたばあい,使えるかな?と思いこの用語をつかいましたが,行動主義心理学ではまた別な意味合いでつか
われているのでしょうか?

とりあえず以後は自動的強化と記すことにします。

249 :pa:01/11/12 10:50
 続き・・
>>240 238氏
>>模倣、モデリング、観察学習。
こんなことは御存知とは思うけど、「模倣」については色々と研究されていて、
Mooreの他にも、思いつくだけでも、
Piajetの発達段階、同化と調節などの文脈で説明される場合や、
Miller and Dollardの基本的なオペラント条件づけの特殊例と見なす説Baerらの般化模倣、 心理屋さん(>>222)が紹介したBanduraの説、 などがある。

それから、Miller and Dollard、Thorpe、Galef、といった面々が、
それぞれ「模倣」を3種類に分類しているよね。
「模倣」にも色々なタイプがあると考えることもできるってわけだけど、
こんなことは言わずもがなだった?
まあ、よく知らない人のためにってことで。

★いや
私自身は心理学についてはよくわからんとことが多いので勉強になります。
私はMoore (Behaviour 1992)の定義を読んだだけなので 模倣の3つの種類については
よく知らない。Mooreは一般的に模倣とおもわれている
行動について「たんなるLocal enhancement」だとか「あくびの伝搬」
といったより単純な仮説で説明できるものは却下していく
作業をしていたため
>>220にて引用されているスキナーが挙げている

>家畜の群れのうちの一頭が,近づいてくる捕食者を見つけて走りはじめた時
> 他の家畜たちも,捕食者が見えていなかったとしても,走った方

などもおそらく模倣というよりは別な社会学習として扱っていただろうと。
結果的に「外的強化によらない新奇で非種特異的な行動,かつそれ以外の
より単純な仮説では説明できない行動」を模倣と指すとのべていた。

ですが,その絞り込みの結果定義されるところの模倣を3タイプにはわけてはなかった。

あげたもらった人の論文は名前だけで検索すると
多すぎてさがしずらいので,この3つの種類の模倣について
レビューしてるものを挙げていただけると国会図書館からとりよせる
際 楽なのでありがたい。
念のため,私の方もSocial learning in animalsをもう一度読んでみます

250 :238:01/11/13 19:06
>>249
Miller,N.E. and Dollard,J.(1941)
 1.same behavior, 2,copying, 3.matched-dependent behavior.

Thorpe,W.H.(1963)
 1.social facilitation, 2.local enhancement, 3.true imitation.

Galef,B.G.(1976)
 Thorpeとだいたい似たようなものだったと思う。

よく引用されるのがThorpeの本。
内容は古いけど、Mooreもそれを念頭に入れている。
正確なタイトルを調べるのが面倒なので、これも古いけどGalefの論文を探してちょ。
つーか、最近のMooreの本の索引を見ればもっと新しいレビュー文献があるのでわ?
あとは比較認知、学習、モデリング(観察学習、社会的学習理論)などの本をあたってみて。

251 :238:01/11/13 19:10
>>なんでもかんでも自発性の馬鹿へ
鳥のさえずりについては感覚遮断の実験があって、
防音室に入れる場合と内耳を破壊する場合とに分ける。
前者は自分の声だけは聞こえるが後者はそれも駄目。
こういう実験や他のフィールドワークから考えて、
「さえずり」の決定要因として小西正一が考えているのは、
1.遺伝、2.自己フィードバック、3.臨界期内でのお手本、4.お手本の鳥の種別、など。
paさんも書いているように、これらは鳥の種類によって違う事が分かっている。
ある種の鳥には3は不要とか。
それに、2に自動的強化があると考えることだってできる。>>232さん
こういうことを踏まえて>>238-239を書いてる。
paさんはこの辺はとっくに御存知のはずだから詳しく書かなかっただけ。
こういうことを含めて色々なことが分かってきたのは、
主に生態屋や心理屋のフィールドワークや実験のおかげ。
心理屋の中には行動主義者も入ってるがそうじゃないやつも多い。
そしてそんなことは大して関係ない。
例えば11が大嫌いなSkinner派が言ってる刺激等価性は今や比較認知の一大トピックの一つ。
刺激等価性を示す能力と言語能力との関係を考える人も多い。
利用できるものは派閥や分野を越えて利用する。
そうしようとしているpaさんに対しても11の発言は失礼。
11はこんなとこで御高説を開陳する暇があるなら学会で発表するか論文を投稿すればいいんだ。
さもなきゃ操作的定義や各種妥当性を学部で勉強し直せ。

252 :11:01/11/13 20:08
>>251=238
paさんから発言を止められたので黙っているつもりだったが、一言だけ書いて
おこう。鳥のさえずり研究の経緯については私もおおよそ知っている。しかし、
私が設定しているのは、小鳥を例に挙げるなら
そもそも小鳥はなぜさえずりを始めるのか?という問題だ。
君たちはこんなことは自明として問題にしてこなかっただろうし、こんな問題に
思い至ったこともないだろう。しかし、それを私は問題にしているということだ。
ただし、私だってまだ公の場で「生命は本来自発的」と主張するのはまだ怖い。
だからこそ、「こんなとこ(笑、君が言ったのだ、私の言葉ではないぞ)」でまず
反応を見ているのだ。まぁあわてるな(笑)

253 :  :01/11/13 20:38
正直心理板からくる連中は脳の自発性活動0

254 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/13 22:39
>そもそもなぜ〜を始めるのか?という問題
これを進めると生物以外にも自発性を認める結論に、当然至るような・・・

255 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/13 23:22
11は>>241で行動生態学や行動心理学や認知心理学の方向を「まったく意味がない」と言っている。
そんなことを言うはずもない虚無好き先生にはいい迷惑だろう。

256 :11:01/11/13 23:45
一言言うと何倍にもなって返ってくるので放っておくわけにもいかんのだよな・・・
>>254
私は今までのように親切に対応するのはやめにする。それらはすでに論じたことだ。
前スレを読んでくれ。255は誤解を広げることを意図する悪意ある発言。

257 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/14 00:21
11よ、「質問をする人は、回答してくれる人に対して十分に敬意をはらいましょう」だぞ
質問するばっかで、何一つマトモに回答したことないんだから、よく読んどけよ.

誰もお前に親切に対応してくれなんて言ってないっつーの
その前に、ちゃんと勉強し直してくれと言いたい.

258 : :01/11/14 00:30
このスレレベル低いな。。11だけじゃなく周りの奴らも。

259 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/14 00:30
258 おまえモナー

260 :11:01/11/14 00:31
>>258
心理学板の厨房の相手をさせられる私の立場になってくれ。
さ、もう沈黙だ。

261 : :01/11/14 00:33
>>260
レベルが低いところで議論しても得るもの少なし。
時間の無駄です。

262 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/14 01:01
11逃亡の予感

263 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/14 01:12
>誤解を広げることを意図する悪意ある発言
をしているのはお前だ。
MooreやThorpeやPiajetやBanduraや小西を引用している238に対して、
11はそういう研究は「全く意味がない」と言っている。
死んで詫びを入れろ。

264 :11:01/11/14 01:20
私は黙っていると宣言したのだから、私を中傷するのはやめて
ちゃんと話を進めてくれ。

265 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/14 01:22
>>264
都合が悪くなると沈黙か(w

266 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/14 01:27
中傷とは何だ。
貴様が中傷したMooreやThorpeやPiajetやBanduraや小西や、
238やpaやその他の数多くの真面目な学徒に詫びを入れろと言っておるのだ。
その上で永久に沈黙しろ。

267 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/14 01:32
>>266
必死だな(藁

268 :  :01/11/14 01:35
心理板から生物板にきて必死な心理屋ってよくみるなあ

269 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/14 01:51
11の分身もよく見るなあ(藁

270 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/14 18:01
Thorpe,W.H.(1963). Learning and instinct in animals (2nd ed.). London: Methuem.

(1)社会的促進
 本来的には生得的な行動が同一行動によって触発されることを指す。通常の本能行動との違いは、触発刺激と触発される行動が同じであるという点である。
(2)局部的強調
 すでにモデルとなっている個体の行動によって特定の対象、部分に注意をひきつけられることから生じ、結果として同一となることを指し、本能的であるかは不明。
(3)真の模倣
 本能的傾向がなく、新しい、個体にとって有用な行動様式のコピーを意味する。すなわち、他個体の行動を観察することで新しい行動が獲得される。


Galef,B.G.(1976). Social transmission of acquired behavior: A discussion of tradition and social learning in vertebrates. Advances in the Study of Behavior, 6, 77-100

(1)遺伝的行動
 内発的に組織され、個体発生に影響する傾向として遺伝される。
(2)類似経験の結果としての同一行動
 本来は個体学習であるが、時間的に隔たってはいても、類似の物理的環境に同じように対処する経験を通して、異なる世代の別々の個体が、結果として似たパターンをとるようになる。
(3)社会的相互干渉の結果としての同一行動
 一つのグループの中で、個体から個体への行動パターンの伝達の結果、長期にわたって行動の同一性が生じる。

271 :  :01/11/15 18:33
結局11次第だな

272 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/16 06:36
387 名前:Nanashi_et_al. :01/11/12 17:14
いまさら「ノイマンでは無理」云々をのたまふ人は、
ノイマン型計算モデルにおける数学的制約についてきちんと指摘していただきたいのぅ。
んで、人間の思考がその制約から自由であることの証明もしてくれぃ。


388 名前:Nanashi_et_al. :01/11/12 23:44
>>387
物質間の相互作用には完全な対称性が存在する。
すなわち作用反作用の法則が適用できる。

ところで、物質は心に作用する(酒、睡眠薬、麻薬等)。
また、心は物質に作用する(随意に身体を動かすことができる)。

しかし、心と物質間の相互作用には完全な対称性が存在しないと仮定したら、
人間の思考が物質の運動による制約から自由であることが可能になると思う。

273 :   :01/11/17 19:06
>>272
ドキュソな議論

274 :PA:01/11/20 09:51
>238氏および>>270
ども情報有り難うございます。

色々とあってお礼がおくれてもうしわけない。
既にコノスレッドはおわってるようなので
返事を期待するすべもないですが・・もう一つだけ疑問・・

スキナーは模倣については 生得的と
のべているようですが,
私たち人間が模倣するときは,もう少し柔軟に
真似ているようにも思われます。とすると

・ヨウムやチンパンジーの模倣
・人間の模倣(成人男性)

とはそのメカニズムにおいて,どこまで同じでどこからちがうんでしょうね?

275 :虚無好き:01/11/20 19:01
にゃにゃ。
終わっちゃったのかにゃ?とりあえず「柔軟に」の意味と、
なぜ「成人男性」とことわってあるのかわからんにゃ。
ジェンダーロールと関連するのかにゃ?
「柔軟に」のほうは、模倣の対象が広いということかにゃ?

しょうもない書き込みだけど、復活を願ってあげにゃ。
(自分でスレ立てると、疲れるにゃ。もうあれで、最初で最後にゃ。)

276 :pa:01/11/21 09:31
>虚無好き 氏 



柔軟,と成人(成人男性とかいたのは手癖による誤りです。)

については単純に次のように考えていました
手元に文献がないので正確なところはわからないのですが・・

★成人・・乳幼児でも模倣行動らしき行動は見られるらしいが
・・たとえば,大人が舌をべーっとだすと赤ちゃんもべーっと
出すなど・・これが模倣ナノかどうかは議論がわかれるところだし
また,このメカニズムについても(赤ちゃんは内観報告ができないので)
どのようになってるのかよくわからない部分がのこる。

★柔軟性
 たとえば,ヨウムの形態模写だと基本的には(Moore1992によると)
観察・・・しばらくして模倣行動
といった遅延模倣となるのですが,
人間・・少なくとも成人だとモデルをみてすぐに模倣するばあいもあれば
遅延模倣をするばあいもある。
また,どの程度の行動まで模倣ができるのか?という点について
ヨウムなどだと かなり頻繁に模倣行動がみられる場合も有れば
模倣行動がなかなか見られにくい場合もあったりすることから
「模倣しやすい」モデルの行動パターンがあるのかもしれない。
とすると人間の成人の方がより模倣となる行動パターンの対象が
広いのかもしれない・・と推測するわけで
上のような文章になりました。

要するに赤ちゃんの模倣行動を対象にいれるとハナシが
ヤヤコシクなりそうなので・・ということです。

277 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/21 13:19
さえずりの模倣くらいならフィードバックした自分の鳴き声と鋳型や
教師となる刺激との比較などで説明できるかも知れないけれど、赤ちゃんが
舌を出す模倣はフィードバック刺激では説明できない現象であることに
気がついていますか? 成人の出した舌が自分の舌に対応することを
どうして知っているのだろう。
ヨウムの形態模写もそうだよね。

278 :心理屋:01/11/21 14:10
>>276 >>277
乳幼児の模倣,っていうか,乳児が大人の表情を「反射」することは
発達心理学でもすごく興味持たれているテーマですね。私の記憶が
確かならそれは鏡映像を自分だと認識できるようになる前から生じる
行動だったはず。つまり,自分の舌や眉などの「かたち」を視覚的
フィードバックによって知る以前から模倣ができるという..........

279 :心理屋:01/11/21 14:17
この事を考える上では人間の顔の基本的形態が親子,大人と子ども,世代と世代を
通じてそれほど大きく変化しないこと(顔の形態に関する認知が生得的であっても
それほど不都合は生じないこと)は無視できないと思います。

ただ,そのことと成人の舌が自分の舌に対応することを「知っている」という
こととの間には多少の論理的距離があると思いますが(笑)。
進化的,遺伝的あるいは生得的に「なにかの行動ができる」ということを
「知っている」というのは適切か?ということですが。

280 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/21 18:05
>心理屋さん
どうしてヨウムと人間のように異種間で模倣が起こるんですか?

281 :pa:01/11/22 08:10
>>278心理屋氏
>>乳幼児の模倣,っていうか,乳児が大人の表情を「反射」することは
発達心理学でもすごく興味持たれているテーマですね。私の記憶が
確かならそれは鏡映像を自分だと認識できるようになる前から生じる
行動だったはず。つまり,自分の舌や眉などの「かたち」を視覚的
フィードバックによって知る以前から模倣ができるという..........

★そうなんですよ moore(1992)あたりだと大人がベーっとして赤ちゃんが
そのあとベーってするのは単なるcontagionかlocal enhancementでは?
って疑問を提示してたので,はたして模倣だろうかと思いさしひかえたわけですね。


ところで,スキナーなどが言及していたらしい
模倣行動の適応説ですが,小西正一の著書のなかでは
自然な状態で模倣行動を示す鳥もいるけど
オウムやキュウカンチョウについては自然な状態では模倣行動は
示さないと記されていたのですね。

とするとこのような種の鳥については
模倣行動の究極要因というのはなんだろうか?って疑問がでてきまして・・

>>280
>異種間での模倣
でしゃばるようでもうしわけないですが・・究極要因としては・・

★Moore によると最初は同種のさえずりをきいて学習するのがやがて
異種間での音声模写になり,そしてさらに 一般的な音の模倣になった
という進化の過程を考えていたようです。でなんでそうなったか?というと
 小西氏の著書のなかのさえずり=なわばり防衛 仮説に
もとづくならば, 異種間の鳥の声を模倣する適応的意義としてはなわばりを
まもるときに色々な鳥の声をまねすることでより一層
他の個体を威嚇できるから?というのが起源なのかも
しれません。とはいっても,そもそも自然な状態では模倣しない
鳥もいるのでこの辺はまだ私的にはよくわからんのですが・・

282 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/22 08:46
心理屋さん、paさん、おふたりとも何を言っているんですか?
問題をそらさないでください。

僕が知りたいのは、同種間でも多種間でも、模倣という現象が起こる
しくみを訊いているんですよ。さえずりなら自分の鳴き声というフィード
バック刺激が利用できるけれども、形態模写だとそういうフィードバック
刺激は利用できないでしょ? だからどういう仕組みで生じるのか、
どうしてそういうことを行うことができるのかを訊いているんじゃない
ですか。
contagion(感化)? local enhancement(局所強化)だって?
なんですか、それ? じゃ、どうして感化という現象は起こるのですか?
そのMooreという人、アホちゃいます?

283 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/22 12:09
>>282
で、あなたはどういう仕組みだと思うの?

284 :pa:01/11/24 03:28
>>282
まぁまぁそんなにいきりたたないでのんびりいきましょうや わかっててネタとしてやってるのかもしれないですけどね・・
>280
>どうしてヨウムと人間のように異種間で模倣が起こるんですか?
★については この質問だけだと
「どうして?」の意味合いに多義性がのこります。
「どのようにして」とでもかけば語弊が生じる余地も少なかったのですが,
どうして,あるいは何故という質問についてはティンバーゲンに倣うなら
「至近要因」「進化的要因」「究極要因」「発生要因」
などがあげられます。私的には,至近要因についてはまさに私自身が質問してるわけですし
281で模倣の究極要因についてふれたので ついでに異種間の模倣そのものの「究極要因」の仮説について
記述してみたわけですね。
★また,
> contagion(感化)? local enhancement(局所強化)だって?
>なんですか、それ? じゃ、どうして感化という現象は起こるのですか?
> そのMooreという人、アホちゃいます?

 ですが,そもそももとの文章は赤ちゃんが舌をベーって出す行動に
ついてのべたものです。contagionというのはMoore1992によると
犬が吠えたり,あくびが伝搬したりする現象をさすとのことです。
で,あくびについては別に他の人があくびしたからそれをマネしたわけではない・・どうやらあくびをしている口の形があくび行動を促す刺激に
なっているだけなのでは?という可能性なども考えられる・・と。
では赤ちゃんは? 赤ちゃんはほっといても口をあけたり舌を出したりする
そしてその行動は,息をふきかけたり,人間の顔によって
現れることがある,という。
といったことを元にして考えると・
 大人が舌をべーって出したのが伝搬しただけなのでは?
という可能性も考えられる・・と(リリーサーによる生得的行動の発現では?とかいわれそうですが・・)

★また,模倣について
>形態模写だとそういうフィードバック刺激は利用できないでしょ?

1つの考えですが, 自身のカラダの動きについての何らかの表象があれば練習することで
自身の動きからフィードバックすることもできそうです。
すると問題は2点
1・自身の動きについての表象をもってるか?
2・練習してるか
2については私は当初は練習は必要ないと思っていたのですが,資料をあたるにつれてその辺あやしくなってきて・・
形態模写を行うヨウムについてもMoore1992を参考にした文章で私自身
>>235
> という記述がありました。ただし,このときにその提示者の行動を模倣するにしても「練習があったか?」
かどうかは不明。そもそも最初の練習の動きがヘタだったらそれが模倣のための練習かどうか
もわからないからでしょうが・・

★とかいてるわけですね。
また,そもそもThorpeの定義するところの
「新奇で非種特異的な行動パターンが外的強化なしに模倣される」
という模倣行動の定義に適う現象が 自己の行動の表象なしにできるのか
どうかもよくわからんのですが・・
(だから鳥と人間の成人との違いは?という疑問になってくる)

285 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/24 07:24
>>284
>自身のカラダの動きについての何らかの表象があれば練習することで
>自身の動きからフィードバックすることもできそうです。
そもそも、その表象の由来は? それが生得的と考えることもできるが、さまざまな
筋肉を動かす練習によって形成されると考えることもできる。赤ちゃんにとって、
この練習をする機会は無限にあるといってもよい。ベッドで横になっている時でも
寝返りを打つ、布団を持ち上げてみる、足をバタバタさせる、乳首を吸うなどの
さまざまな場面でそれを練習する機会がある。

しかし、模倣はただ単に自分の身体に関する表象だけでは説明できない。>>277
指摘しているように、他者の身体部位と自分の身体部位との対応に関する知識が
なければできないはず。ヨウムの例ではそれに留まらず、他の種の身体部位と
自分の身体部位との対応に関する知識がなければできない。この知識の由来は?

この知識の由来が生得的であれ、そうでないにしろ、これが身体による情報伝達に利用できる
ことは疑いない。チョムスキー学派はヒトと動物の言語能力には不連続な格差があると
判断しているようだが、この知識の由来や成立過程、その構造がまだ明らかにされて
いない以上、そう決めつけるのは早計であろう。

286 :pa:01/11/24 09:08
ここで私は「自身のカラダの動きについての何らかの表象」という言葉を
「自分の動きがどのようにみえるのか?についての知識をもつ」
というような意味合いでもちいてます。

>>285
>そもそも、その表象の由来は? それが生得的と考えることもできるが、さまざまな
筋肉を動かす練習によって形成されると考えることもできる。赤ちゃんにとって、
この練習をする機会は無限にあるといってもよい。ベッドで横になっている時でも
寝返りを打つ、布団を持ち上げてみる、足をバタバタさせる、乳首を吸うなどの
さまざまな場面でそれを練習する機会がある。

☆由来って発達要因のことだったのね・・
で、これですが、そもそも赤ちゃんは 自身の体の動き についての表象をいつごろもつように
なるんでしょうね?
心理屋氏の文章だと 舌をベーっとする例については

>私の記憶が確かならそれは鏡映像を自分だと認識できるようになる前から生じる
行動だったはず。

とかかれてますが、そのころ赤ちゃんは自身の体の動きについてどのように
捉えていると 考えられているのでしょう?


>他者の身体部位と自分の身体部位との対応に関する知識が
なければできないはず。ヨウムの例ではそれに留まらず、他の種の身体部位と
自分の身体部位との対応に関する知識がなければできない。この知識の由来は?

☆これですがヨウムの形態模写について、その結果から
「他の種の身体部位と自分の身体部位との対応に関する知識」を
持っているといえるのかどうか私的にはよくわからないです

たとえば、人間のチャオという挨拶をヨウムは羽または脚をつかって
模倣するとmoore1992では報告されています。写真をみても
羽の場合と脚の場合があることがみてとれる。

 ヨウムの形態模写については、他種個体とのあいだの
手⇒羽 といった対応についての知識などはつかわれてなくって、
単に モデルとなる対象のとんがった部分とかの動きのみをとらえ、それを記憶してそれをお手本にしてる
だけでは?という可能性はないのでしょうか?
 動きが大きいときは羽で、動きが小さいときは脚で・・とか。

私は最近の研究はしらないのですが、ヨウムの形態模写についてはどの程度
まで対応ができるという報告があるんでしょう?

(それも上記の知識にふくまれるというかもしれません。
「>他の種の身体部位と自分の身体部位との対応に関する知識がなければできない」
の文章のいみにもよりけりでしょうが)

287 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/24 13:09
>ここで私は「自身のカラダの動きについての何らかの表象」という言葉を
>「自分の動きがどのようにみえるのか?についての知識をもつ」
>というような意味合いでもちいてます。
あー、なるほど。つまり自身の身体の表象について、paさんは三人称視点での表象を
考えているわけだ。私は言うまでもなく、一人称視点での表象を考えています。この
前提が食い違っていたのでは以下の議論がかみ合うはずがありません。でも、言って
みるものですね。言わないと永遠に分かり合えなかったでしょう。
一人称視点の表象と三人称視点の表象の違いはお分かりになります? 一人称視点の
表象というのは、その身体の内側に住む者から見た自分の身体の構造に関する知識で、
自分の身体各部の動かし方や、自分の五感で感じられる範囲での自分の身体感覚、
という感じになります。

これは、以前、認知地図の議論でも同じ食い違いがありました。paさんはあの時も
あくまで三人称視点での認知地図を考えていたのに対し、私はそんなものはなく、
外界の事物が手がかりになっていると言いました。当然、この時も私は一人称視点で
考えていたのです。


>☆由来って発達要因のことだったのね・・
いえいえ、違いますよ。
paさんの、
>自身のカラダの動きについての何らかの表象があれば練習することで
という表現から、paさんはまるでアプリオリにその表象は生得的と考えていると思われ
たので、発達的な見方からも説明できるよ、と言いたかったのです。
もちろん、この時もpaさんはその表象を三人称視点、私は一人称視点で考えています。

この表象の視点の違いに関する文献は何かご存じありませんか? 私も探しておき
ますが。

後の議論は自分自身の身体の表象を一人称で考えるか、三人称で考えるかで異なります
ので、今は保留しておきます。

288 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/24 18:12
相変わらずこのスレは電波を呼ぶなあ。

289 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/24 19:47
>>288
自分の意見を言わずに煽るだけのカスは出ていってくれない?

290 :pa:01/11/25 07:45
>>287氏

>>☆由来って発達要因のことだったのね・・
>いえいえ、違いますよ。 paさんの、
>>自身のカラダの動きについての何らかの表象があれば練習することで
 という表現から、paさんはまるでアプリオリにその表象は生得的と考えていると思われ
 たので、発達的な見方からも説明できるよ、と言いたかったのです。

あ、そうでしたか了解。ちょっと文脈がとんでいたのでわかりずらかったのですね

☆それはともかくとして、表象の1人称視点と3人称視点について

表象については須藤(心理学辞典)ではアナログ的表象と分析的表象
にわけてましたが、私としては
>>287
>「自分の動きがどのようにみえるのか?についての知識をもつ」
=自身の身体についてのアナログ的なイメージをもつ
とはかぎらないと考えてはいます。
これは認知地図についてもそうでして、>117でコメントしてるとおりです。
機能的に同等ならば
  頭の中に自身の身体をイメージしている
or データベースの一覧表のようになっている
についてはとりあえず棚上げにしておくと。

 一人称視点の表象というのが何を意味し、どのような機能を
持つと想定しているのかはよくわからないのでこの点は
教授いただければ幸い

291 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/25 07:48
>>289
11が帰って来たんだね.

292 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/25 10:22
>>290
今述べている表象はあくまで、自らの身体の構造や動かし方に関する
表象で、一人称の表象は主観的subjectiveまたはego-centricな表象、
三人称の表象は客観的objectiveまたはallo-centricな表象と言い換えても
同じことです。この方がPubMedで検索しやすいでしょう。

自らの身体の構造や動かし方に関する一人称の表象は
>その身体の内側に住む者から見た自分の身体の構造に関する知識で、
>自分の身体各部の動かし方や、自分の五感で感じられる範囲での
>自分の身体感覚
という説明では不満ですか?

それから「あの心理屋」さんはともかく、私は表象の機能という言い方や
考え方が理解できません。paさんは知識の機能は?と訊かれたらどう答えます?
表象の機能を問うのはそれと同じ質問と感じます。

293 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/25 12:57
>>292
ある概念をなんらかの実体と結び付けることができるなら,
その構造または機構と機能との区別は容易にできるはず。
構造と機能とを論理的に区別できない概念は「意図」とか「目的」と
同様に,現象を抽象化(解釈)しているだけの概念。
少なくとも認知科学(あるいは心理学)の基礎を理解していれば,
たとえば知識そのものと知識の機能は容易に区別できる。

基本的な(かつ個性的な)論理の誤謬から誰だかアイデンティファイ
されてしまうところが11の面目躍如だね。

294 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/25 12:59
ていうか11には機能という用語の意味自体がわかってないんだろう。

295 :pa:01/11/26 10:07
>>292
表象の機能というのは
「その表象をもちいてなにができるのか?」
という意味で使っています。

たとえば,次のような実験を想定します

赤ちゃんが自分である形に口をうごかす
つづいていろんな形の口の絵を提示する
視線を向けるなどで自分がやったのと同じ形の口の絵を選択する

とします。ここで赤ちゃんが自分の口の形についての表象を
もちいていたとすると
「赤ちゃんは自身の行動についての表象をもちいて
口がどのように見えるのか,知識を持っている」
と私は解釈するわけであり先の>>287の冒頭の表現になるわけです。

ではこのような結果がしめされたときの表象はどのような表象
となるのでしょう?その辺ご教授いただければ幸いです。

296 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/27 04:03
>>295
>>285の前段で書いた、主に自分の身体の動かし方に関する知識が主観的な表象、
>>285中段の、他者の身体部位と自分の身体部位との対応に関する知識が客観的な表象、
ということになるかと思います。

>>295に書かれている思考実験としての実験では、本人が無自覚に行ったかも知れ
ない行動の後にその行動に関する刺激を提示して判断を求めるのは非常に難しいと
感じます。その行動が無自覚であるかも知れない上に、その行動を記憶している
ことが求められるからです。だから、普通は刺激を提示して、それを模倣できるか
どうか、という実験が行われるのだと思います。
なお、ここで示される刺激は明らかに他者の身体部位であるので、上で述べた
客観的な表象になると思います。

それから、やはり表象や知識の機能を問うのは私は意味がないと思います。表象や
知識は脳内に保存されたなんらかの構造であって、その構造に保存されている情報は
それ自体では利用することも機能を発現することもできず(本自身はその情報を利用
できない)、それを脳内の別の実体(その本の読者)がその構造の情報を取り出す
ことで機能が現れるのです。この議論は「認知革命(H.Gardner、産業図書)」第11章
「心像は想像が生みだした空想物か」を念頭に書いています。この本は今となっては
古いが、ここまでの議論ならこれで十分、と考えます。

297 :pa:01/11/27 08:06
一人称的といえば 人間は自分の声についてはほかの人が
どのような音程できいているか正確なところをしらない・・だから
カセットで録音されるのをきくと違和感を感じる・・とかんがえれば
自身の声については一人称的な表象をもっているといえるのかもしれないですが・・


今 imago(イマーゴ)95年 12月号の岡の谷氏の
「鳥の歌のメカニズム」をよんでいたのですが
ちょっと興味を引かれる文章がありました。

鳥がさえずりの鋳型学習をおこなうときに
フィードバックがどのようにはたらいているかを
しらべる実験をおこないました。ここで
自身のさえずりのフィードバックとしてはおおまかにわけて2つ考えられます
1・音を出す鳴管からの感覚フィードバック
2・聴覚フィードバック

ここで、ジュウシマツについては聴覚フィードバックを遮断すると歌の学習がだめになる
しかし、鳴管からの感覚フィードバックを遮断すると歌の学習には影響がない、

という結果になったとのことです。

もちろん鳥の種類によって結果はことなるでしょうが、すくなくともジュウシマツについて

1鳴管からの感覚フィードバック・・・一人称的なもの?
2・聴覚フィードバック・・いったんそとにでた音だから 3人称的?

とかんがえるとジュウシマツのさえずり学習では
1はなくなっても影響ない、ということで
モデルの歌声からできた鋳型とのマッチングは2の3人称的表象を
用いているということになるのでしょうか?

☆あと興味あるのは 目がうまれつき見えない人の表彰はどうなっているのか?
絵をかいてもらったらどうなるんでしょうね?

298 :架空:01/11/27 08:35

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注目のオークションに適用される事、
間違いないですね。

私も買いました。

皆も買いましょう。

299 :名無しゲノムのクローンさん:01/11/27 09:20
>>296
あなたの話はたとえば記憶という現象をわかりやすく
説明するための比喩,あるいはおとぎ話に過ぎない。
そのうち「自発性の物語」もまた始まるんだろう。

情報を取り出すこと,あるいは機能とは独立に「保存された構造」あるいは
「知識そのもの」が存在するという考え方は,多くの認知科学者が
すでに捨て去った過去の遺物だ。あなたが知っているような
「認知革命」はすでに終わった,大昔の話。最近の研究を勉強してよ。

300 :pa:01/11/27 09:20
>>296
>それ(表象)を脳内の別の実体(その本の読者)がその構造の情報を取り出す
ことで機能が現れるのです


>>295での私の文章
>表象の機能というのは
>「その表象をもちいてなにができるのか?」

 似たような意味でつかっています

301 :pa:01/11/28 08:09
>>299
>情報を取り出すこと,あるいは機能とは独立に「保存された構造」あるいは
「知識そのもの」が存在するという考え方は,多くの認知科学者が
すでに捨て去った過去の遺物だ。

これですが、不勉強にして私もこの辺のメカニズムについてよくわからないんで
現在では記憶とその検索とについて
はどのような関係であると考えられているのか教授していただければ幸いです。

302 :名無しゲノムのクローンさん:01/12/26 02:33
年内御教授age

303 :age:02/02/09 01:42
これが、2002年最初の書き込みか……。

304 :名無しゲノムのクローンさん:02/02/23 00:29
2002年

2ゲット

305 :名無しゲノムのクローンさん:02/03/14 00:53
げっと

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