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★★★神経科学・脳科学の質問コーナー★★★

198 :めーすけ:02/03/15 20:42
>>194
>はっきり言って、>>192で述べられたことは現在認知心理学や神経心理学で言われている
>ことを言い直しているに過ぎない。つまり、新しさを感じない。
それはそうだよ。哲学の中から科学的・実体的な説明が対応しそうな部分だけ抜き出してきたんだから。
それを確かめるのがこのスレに書き込んだ目的の1つ。
実は語り方もかなり科学者向けに表現を変えてるし。
大森の主張の核心部分は、原理的に脳科学の進歩の影響を受け得ないものだよ。
でもこれだけの対応がつくということは、哲学理論と脳科学との接続がつくということで、
個人的にはいろいろ興味深い。脳科学の最新の知見は早く参照したいと思ってるところだよ。

>つまり想起は能動的な活動なのである。この活動は何に由来すると
>考えるのか?
能動とか受動とか、固定的な分類にこだわるのは理系の特徴なのかな。
外界の刺激を原点として見れば受動で、何らかの「選択」を原点と見れば能動なんでしょ?
ガチガチの機械論で考えれば随意的選択も受動だし、知覚を一種の選択と見ることもできる。
プルーストの小説みたいに、「スプーンを皿に当てた音」に触発されて過去を想起する場合、
想起の由来は外界の刺激だし、同様に、人に言われた言葉が想起のトリガーになることもある。
そして、自分の頭の中での言語的な思考を経て、あるとき何かの情景やメロディーの記憶が
想起されることもあるでしょ。あともちろん、気分などによる無意識的な想起もあるし。
大森は知覚以外の心的現象をまとめて「思い」と呼んでいて、高階知覚という言葉は特に
常識的に受動的で知覚に密着したものだと思われるものについて使ってる。
大森の例じゃないけど、例えば「くすぐったい」という感覚は単なる触覚刺激じゃないでしょ?
同じ触覚刺激なのに、自分で触ると平気で、人から触られると「くすぐったい」経験ってない?
これは純粋な触覚ではないけど、でも、普通はかなり受動的な感覚だと思われてる。
大森はこういうのを高階知覚と呼んでる。
もっと高度な思考や計算や認識と、知覚とを橋渡しする概念として提案してるんだよ。
受動か能動かというのは常識的な思い込みで、考えてみればその違いは判然としないから。
これはソシュール以降の言語中心の現代思想でよく言われる「分節の恣意性」ってやつ。
昔の構造主義ではこの違いは固定的で覆らないものだったけど、ポスト構造からの考えでは否定された。
まあこれはこれで、形ばかりであまりに質、クオリアを無視しすぎてるんだけど。
こういう思想も、形の面ではいずれ長期記憶の神経ネットワークに対応物が見つかると思うよ。

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